八 大黒屋光太夫の憂い
三人がそれぞれ己の机を前に着座している。末吉とお京が淹れて呉れたお茶を啜って居るは志村殿だ。
「そのままに居て、皆に、聞いて欲しいことがある。
急な事だが今日は聞き取りを一旦、休みの日とする。
その旨、漂民(漂流民)が三人には先に末吉から伝えてある。
実は今日、ここに大黒屋光太夫殿が来る。
先日に皆々揃って番町の光太夫殿が御薬園を訪問しようとの話だったの。
それで、(吾は)先に文を認めた。
その返事があって、光太夫殿からはむしろ是非にこの御屋敷を訪問したいとの事だった。
急な事だが、先方の都合も御座ろう。今日のこれから昼四つ(午前十時)までに光太夫殿がここに来ることになった。
昌永殿も右仲殿も和蘭が宴(和蘭正月)で光太夫殿にお会いしても居るが、志村殿は初めて会う事にも御座ろう。御紹介もしよう。
この際ゆえ、夫々が聞きもしたいこと確認もしたいことを準備して下され
今日一日か、何時にまた来て下さるのかは来てからの話じゃ」
「それは嬉しきことに御座います。
これまでに吾が描きし絵で良いのかどうか確認が出来ます。
教えて頂くことも出来ます。
是非にそうありたい」
「オロシヤの気候、風土も改めて聞きも出来ましょう。
宴(和蘭正月)では限りある時間と質問でも御座いましたが、
そうとなれば詳しく教えて頂くことも出来ます」
右仲と昌永の言うに頷き、ニコリとする志村殿でもある。
「態々足をお運び頂くのだ、夕方にもなれば後に一杯とは思って居るがの」
皆々がそれにも頷く。
湯飲みを手にすると、末吉だ。
「光太夫様がお見えになりました」
言うと同時に、光太夫殿が姿を見せた。すっかり江戸の人、町人姿である、穏やかな顔だ。
志村殿を紹介し、協力して呉れている二人だと改めて昌永と右仲を紹介した。
見覚えても居たのだろう、それだけで光太夫殿のお顔が緩んだ気がする。
光太夫殿がお茶で喉を潤したところで、今日の予定を尋ねた。
「大槻様が手紙にも御座いましたれば、今日はこの外に特に用事も入れて御座いません。
子等が待ちもしましょうか、あまり遅くにはならぬようにと思っては御座います。
それよりも文を頂いて驚きました。今でさえも興奮を覚えても御座います。
吾と同じく漂(流)民に有った者があのオロシヤから帰って来た、その聞き取り(調査)を大槻様がしていると文に御座いましたれば持つ手が震えました。
吾がオロシヤに在った時の事も、また日本に帰って来て将軍様を前に桂川様(桂川甫周国瑞、法眼)の聞き取りがあった事も思い出された所で御座います。
後にオロシヤ語の勉強にと、御薬園に通って来た桂川様も大槻様も思い出された所に御座います。
今日がことを磯吉殿にも伝えようかと思いました。されど文に、秘中も秘の聞き取り調査、御下命と有りましたれば、愛宕下の仙台藩が御屋敷に出かける、夕飯までには戻ると妻にだけ言って来ました」
それを聞いて、夕方に一献差上げることが出来ようかと思いながら、改めて暮にお殿様(仙台藩主)から御下命が有った、暮(十二月)も二十五日から昨日まで漂流民三人から聞き取りをしていたと話した。
これがその聞き取りし綴り物になると吾が書き留めた紙の束だ。続いて右仲が、聞きながらに吾が絵にしたものが有る。ご覧になってその可否に、修正することとて御教授下されと言う。
昌永は冷静に語る。綴り物を見もして土地の名がでてきた折にその土地の気候風土等を教えて下されと言う。
「聞いても居る漂流民は津太夫、左平、儀兵衛の三人になる。
もう一人太十郎と言う者がおるが、長く病を得ても居ればこの調査には関りが無い。
彼等の語る事、応える事を記録してきたが、吾等にとって分りかねる所も少なくない。また同じ事でも、先に聞きもしていた事と後に聞きもした事とで異なることも有る。記憶違いは誰にも有ること、間違いも御座ろう。
それ故、光太夫殿の知るオロシヤが事で彼等の語るをより正しいものにしていきたいと思っての。ご協力下され。
吾に課せられた宿題は漂流民から事実を知ること、出来る限りおオロシヤの国情を把握せよとの事でその言葉通りに進めておる。
改めて御協力をお頼みする」
「ご丁寧なお言葉に、恐縮を覚えて御座います。
吾の知る所でご協力させて頂きます。
こちらこそ宜しくお願い致します」