ケ 龍の子
そう言えば、死んですまった物に、オロシヤ人が飼っていた龍の子がいますた」
「何!、龍の子?」
「へえ。俺達は絵に描いてある龍を何ぼが(幾つか)見ではいん(る)べが、
実の物を見だのは初めでだー。
四つ足で体の長さは三、四尺。身体の皮は厚く色は薄黒。鱗が浮き立ち、尾には棘があったべ。
口が七寸(約二十一センチ)ほど切れ上がっていで八重歯が生えでいますた。
目の上にちょっと(少し)ばかりの瘤の様な物があり、足の爪は三本。長さが一寸(約三センチ)も有ったべ(有る)。
初めでも見ん(る)に、俺達は龍の子に間違いねゃ(ない)ど話すていたのっしゃ。
目の上の瘤の様な物は成長すっ(る)と両方が角になるど聞きますた。山にも海にも住み、人さえも取って食うど聞きますた。
土地の人達は龍の子をガルカルゼルの子ともだど言っていると兵隊さん達の話ですた。
何時も遠巻きにこわごわ見ても居ますたげど、たまげだー(驚いたー)。ある日に、一緒に(船に)乗っていたオロシヤ人の一人が、俺達の目の前でそのガルカルゼルの子ともを酒漬けにすて殺すたのっしゃ。
たまげた(驚いた)げども、その後の事にもたまげだべ(驚いた)。白い薬を点け、龍の子の腹を割ったがど思えば腸を取って、眼も抜き取って、眼に代わる球を入れ替えでまるで生ぎでいるがのように造り替えだのっしゃ(です)」
「そのガルカルゼルを言い現す文字、綴り、それを知るかの?」
三人が揃って首を横に振る。
確かめねばならないが、彼らの言う龍の子、ガルカルゼルは和蘭の動物本に見るコロコジルではないか。綴りを知れば凡そ見当がつく。後に和蘭の動物写真集に載るコロコジルを見せてみよう。
言われてみれば、確かにコロコジルの目の上の両方の瘤に角を描けば絵師の襖にも描く龍にもなるかと想像した。
右仲だ。聞いていても興奮を覚えたのだろう。
「その龍の子。カル何とか、凡そで良い、描けるか?、
否、聞きながら自分で描く。教えてくれ!」
右仲には、後にコロコジルの話をしにくくもなった。
(参考図―早稲田大学図書館所蔵本、環海異聞に載る「コロコジル」)
目の前の地図にある、海路日誌からであろうオロシヤの暦による一八〇四年二月八日出帆を見ながらに言った。
「出帆は十二月の二十八、九日頃だったかの。
明日からは、エカテリナを出帆した後の事を聞きもしよう。
くれぐれも体調を崩さぬようにな。風邪を引かぬよう温かくして寝るが良い。
末吉、お京の(作った)夕餉が待っていよう。
ご苦労さん」
