テ 幼院(児童養護施設)
「昨夜は良ぐに眠れもすたが?。
今日も寒いでの、風邪を引かぬように気を付けるが良い」
「ハハハ、大槻様。御心配有難う御座ます。
なれど俺達はオロシヤのあの寒さをいやど言うほどに味わっても来ますた。
この江戸の寒さなどお茶の子さいさいで御座ます。
大槻様も、田舎言葉のズーズー弁になりますたか」
笑顔の左平だ。言われてそうかと気づいた。
思わず頭に手を遣り左平同様に吾も顔を崩した。志村殿が黙ったままニヤリとした。
「済ん(み)ません。左平は昨夜の酒がまだ残ってんべ(いるようです)。
有難う御座ますた。浦霞も美味すければ良くに眠れもすますた。
今日もまだ宜すくお願―致すます」
何時も気を遣う津太夫だ。左平の軽口を即座に打ち消した。
だが聞き取り調査を始めて凡そ一カ月。訊問役の身に有るとはいえ異国を知るに世話になっているは吾ぞ。感謝するは吾等の方だ。
「昨夜に四人で話し合っての、
今日からはカナスダ(の港)とか言う所から出航した話から聞こうと思うが、
まだ先に話しておきたい事とて有るかの?」
「へえ。御座ます御座ます。
昨日のシャリと同ずでこの日本で見たごども聞いだ事もねゃ(ない)ごどで御座ます」
またまた急きこんで語る左平に、何ぞやと聞いた。
慌てて右手を振りもした津太夫だったが、吾が津太夫を制した。
「俺達が街中に出る時は何時も馬車ですた。
街中で俺達が見せ物になんねゃ(ならない)ようにすろど、王様から申す渡すが有ったどガラフ様がらお聞きすますた。
そのお陰で、王様が御建でになったと聞ぐ大層立派な大きな石造りの芝居小屋でオロシヤの踊りも歌っこも、笛太鼓等の鳴り物の音も人目を気にせず見るごども聞くごども出来ますた。ある日に、お供連れの王様と一緒に御覧になった事も有っぺ(有るのです)
(参考図―早稲田大学図書館所蔵本、環海異聞に載る「市中大戯場図」)
んだども、俺は何よりもたまげだ(驚いた)のは、捨て子を集めで養っているのだと言う家(幼院、養護施設)ど、宝物殿(博物館)に行った時ですた。
ニコライ(新蔵)に聞けば、オロシヤでは子を産んだものの生活に困ってすまう者も多い。王様は親も子もうまぐ行ぐようにどこの家を建でだと言うのっしゃ(です)。
家(施設)の表通りに窓があり、夜中にこっそり来た者が窓を叩けば内側から引き出す(のような)箱を出す。その中に赤子を入れる。赤子の生年月日を書いた札が入れであるが確認すんだど(するのだと)聞いだべ(のです)。
捨て子にすたものの、親は時々こっそりど成長を見に来るごども出来ん(るの)だど聞ぎますた。
家(施設)の中では、家を出でも困らないようにど成長に合わせで男子にも女子にも好む職業技術を教えるのだそうで、中には読み書きが良く出来でお役人様になった者もいだと聞いだのっしゃ(です)
家で働いでいる乳母も男も、赤子や子等の成長を見届けるのだど胸を張って語ったのっしゃ(です)。日本にこんな家、ねゃべ(ないでしょう)。
オロシヤでは路傍に捨て子という事はねゃ(無い)のだど聞いで俺は感動すたべ(しました)。子育は何処の国にあっても何時の世にも大変なごどだべ(でしょう)」
左平は言いながらに自ら首を縦に振って頷いた。己の語ることに確信を得た様にも見える。そして、突然、頬を伝う涙を見せたのだ。
凡そ十三年にもなる己の生き別れを思ったか、故郷にある妻子に思いを重ねたか。儀兵衛もまた下を向いたままだ。
家(幼院)の事は先に光太夫殿(大黒屋光太夫)に聞きもした事だが、何も言わないことにした。宝物殿(博物館)の方は如何したかと話を誘った。
