左平が言う。
「ガラフ様は、日本に帰りだいが、このオロシヤに残りだいが王様はお聞ぎになる。
そのどっつ(どちら)でも王様は其方等の望み通りにすんべ(する)。
心配は要らねゃ(ない)ど言うのっしゃ(です)。
聞かれだら、己が心のまんま(まま)に応えるが良いどの事ですた。
俺はそのお言葉を聞いで安心すたと言うのが、途端に腹減ったーど思いますたよ。
同行すた新蔵殿がごどは話っこすていながったとみえで、ニコライ(新蔵)はその食事の席に呼ばれながったのっしゃ(です)。
後になって、使者がガラフ様に事情を報告すたんだべ(のでしょう)。食事が終わってその後ですた。
寝る所だと案内されだ部屋のそれぞれに分がれる前の一づ部屋で、大きなお役目を終えだどホットすたんだべ(したのでしょう)。俺達の世話をさんざんにすて呉れだ使者が語って聞かせで呉れだのっしゃ(です)。
ガラフ様はお国ど外国との間を全て取り扱う御方だー。
此度に、オロシヤが日本に使節を派遣するごどになったのも、
其方等を俺に呼びに行かせだのもガラフ様だ、とのことですた」
話が津太夫に戻った、
「ガラフ様の所では来る日も来る日も俺達を上にも下にも置がねゃ(置かない)お世話ですた。
毎日、酒に結構な食事を取り揃えで手厚いもでなすを受げますた。
葡萄で出来た酒に、麦で出来た酒だと言う物も口にすますた。
それこそ何年振りだったべが、料理だとて米粒も口に出来たのっしゃ(です)。
嬉すかったー。懐がすがったー。お米でそんなごど思うど思ったごどねゃーベ(無いですからね)
寝る所とて十人が十人、板の間から一段高くなった所にふかふかの布団だったー」
「皆が一緒の部屋かの?」
「否、二人が一部屋ですた。
今に思うど、部屋の数とて何ぼ(幾つ)あったんだべ(のでしょう)。
寝巻も普段に着る物も用意すて呉れだのっしゃ(です)
まだある日に、従者に案内させで街の中を見物させでくれだのですた。
野菜に果物、肉などを売る所(市場)を見学すますた。人の集まる教会、芝居小屋(劇場)などにも入って中を見せでもらうなど、思いもすてねゃ(していない)体験もさせで頂きますた。実に申す分のねゃ(ない)生活だべ(でした)。
王宮どが呼ばれでいる所はガラフ様のお屋敷から三、四丁ほど離れだ所ですた。町ん(の)中に在って石造りですたけん(れ)ども城造りには見えなぐて御屋敷構えの様ですた。広さは二丁四方も有ったべ(と思います)。
(ロシヤも日本も、一丁は約一〇九メートル)
五階建てだと聞きますたが、モスクワで見だお城(宮殿)よりも確かに小さくもあったべ。街並みに目を遣っても、モスクワの大きさや広さに比べるほどにもねゃ(ない)。
王宮の傍を川(ネブァ川)が流れでいで、オロシヤの国を作った王様、ピヨートルという方(環海異聞には、「伯多琭第一世」の表記。以下、ピヨートル大帝)の銅像が有りますた。
王宮の三面はお濠ですた。
「待て、待て、その銅像の姿形を覚えているか?」
慌てた右仲だ。絵にしたいのだろう。吾とても関心が湧く。
「へえ、大体の所は・・・」
津太夫の返事に左平も儀兵衛も頷く。志村殿も吾もまたまた暫しの休憩になった。
モスクワの位置、ペテルブルグの場所を地図に見ても銅像は御座いませんからねと昌永だ。皆の少しばかりの笑いを誘った。
(参考図―早稲田大学図書館所蔵本、環海異聞に載る「バウロウィチ(ピヨートル大帝)の銅像」)
