イルクーツクは大きな町だべ(です)。見る物聞ぐ物、(おら)でさえ()ぐに何ぞ残さねば、書き(描き)控えねばど思いま()た。絵心の有る、繊細な心を持づ太十(郎)は余計に思ったべ(でしょう)。

 俺(おら)は読み書きとて(ろぐ)に出来も()ません。んだども(しかし)、(絵は)下手(へた)でも書く物と紙が有れば(描き)(のご)すごどが出来んべ(ますからの)。

 王様に呼ばれで行ったペテルブルグの大概の家の壁には、オロ()ヤの王様とその奥方様の姿を描いだ絵が飾ってありま()た。

良いものは油の混じる絵具(えぐ)(ぬの)(麻地)に描かれであん(る)のっしゃ(です)。

 俺(おら)も太十(郎)も油の絵具も布を買う銭子が無がったども、安かろうと紙と書く物が手に入ればそれで良いのっしゃ(です)。

長崎で御上に検分されで取り上げられだ物とで多く御座(ごぜ)ゃますが、オロ()ヤの王様の絵(肖像画)を今もこっそり隠()持っていんべ(おります)」

「なんと・・・。

 是非にも見たいが、見せて呉れるか」

「はい。この機会に(オロ()ヤの)王様と、その奥方様の姿絵は大槻様に差()上げんべ(上げましょう)」

(参考図―早稲田大学図書館所蔵本、環海異聞に載る「ロシヤ皇帝夫妻の肖像画」。

 

 なお、津太夫等の語る王様を環海異聞では「帝王」と表記している)

「もともと太十郎が何処ぞで買いも()た、吾が預かりも()た絵です。

 キリスト様(教)の国の王様とて、太十(郎)は日本に(けゃ)れば一番(いずばん)にお咎めになるのでは、お国の御禁制がごどに触れるど恐れだのっしゃ(です)。

 折角日本に帰って来たのに、そのまま牢屋入りになるのではと不安だったべ(のです)

 預かって欲()いとの事で()たが、(預かった)(おら)とて今も不安だべ(なのです)」

 吾もまたそれは困る。だが、受け取れないと言いかねる。大いに興味が湧きもするのだ。後に堀田様(幕府若年寄り、堀田(ほった)正敦(まさあつ))に相談するか。否、相談された堀田様とてなおのこと困りもしよう。

「有難く頂戴して良いかの?」

「へえ。んだば(それなら)、ちょっと待ってておぐんなせえ」

 

 

 姿を消した津太夫だ。顔を見合った儀兵衛と左平だったが、吾も志村も山村も松原も(しば)し沈黙した。

 目の前の冷めた湯飲みに吾だけ手を出したが、津太夫が戻ってくるに大して時を要しなかった。

「この風呂敷(ふろしき)(づつみ)御座(ごぜ)ゃます。

 (のぞ)いたれば、太十(郎)は良ぐに寝でおりま()た」

「今も太十郎と一緒の部屋かの?」

「いえ、三人は一緒で御座ゃますが、(ふすま)仕切(すぎ)りにして太十(郎)は隣の部屋に御座(ごぜゃ)ます」

「帰りにまた()もするが、太十郎の日頃の加減は如何かの?」

 吾等四人の長机の上に、横に一尺、厚み二寸ほどもあるか、濃い茶色の風呂敷包みを置きながら首を横に振る津太夫だ。

「どうにもこうにも、物を食べねゃ(ない)のですからやせ細るだけだべ(です)」

その横から儀兵衛が続けて言う。

俺達(おらだづ)も気がふさぐばかりで、このままでは病気にもなりますれば二間(ふたま)続きの部屋に替えさせで頂ぎま()た。

んだども(けれども)、奴が生ぎでる間に石巻(いすのまき)に、(むろ)(はま)(けゃ)りでゃ(帰りたい)。

 太十(郎)の身内(みうず)の者に(けゃ)って来たぞと(やづ)を見せてやりでゃのっしゃ(やりたいのです)。

んだば(さすれば)太十(郎)の奴、食べ物を口にすっかもすんねゃ(するかも知れない)。生きねばなんねゃ(ならない)ど思い直すかも()れないべ(知れないのです)」

 このまま廃人(はいずん)同様で良いわげながっぺ(ないでしょう)・・・」

 「俺達(おらだず)、(田舎に)早く(けゃ)りでゃ(帰りたい)」

 儀兵衛に続いて左平もまた太十郎を思う気持ちと己の心情を口にした。

 無理もないことだ。彼等を早く田舎に返すようにせずばなるまい。苦労してやっと日本に帰って来たのに長崎の海上に凡そ半年、(おか)に上がっても取り調べ続きで軟禁が半年以上。そして今に、やっと江戸に来ても一ヶ月が過ぎている。

 故郷に近づきながら、吾らが聞き取りの終わらざれば石巻(いしのまき)に、故郷に帰れないのだ。彼らの帰郷を急がねばならない。そう思いながらも右仲が加わったとて話がまた彼らの初めて見つけもした島、上陸した島の事になると思いもする。

「これは・・・、何枚になる?」

驚きで他に言葉にならない。さっと見ただけでも数十枚も有ろうか。想像していたことを遙かに超えている。

 左隣から覗き込む()(ちゅう)も驚いた顔だ。(まさ)(なが)も志村も、風呂敷から出て来た紙に目が集中している。一枚が分厚くも思うが、無論、和紙ではない。紙とてオロシヤの今を知るに貴重な物だ。

(おら)とて(たす)かに(正確に)(かず)を数えでねゃべ。(数えていない)。

 上手に描げでいるのが太十(郎)で、下手でも描いているのが(おら)と思って間違いねゃ(ない)

 また、(おら)も太十(郎)も(あど)になって思い出すながら描いだ物も有んべ(有ります)

 初(はづ)めで見る動物の姿、仕草(すぐさ)面白(おもすろ)くて可愛くて、後に(おら)が描き留めた物で御座(ごぜ)ゃま()。日本で見だごどもねゃ(ない)草花、樹木()とて多く御座(ごぜゃ)()た。

 また、めしを喰うに手に持つ物とて感心()た物も御座ます。木で作られたお(はす)(つが)って皆々金物(かなもの)ですた。

先っぽが丸くてお椀のようになっているものもあれば、俺達の手の指のようになっている物も有りま()た。繊細な太十(郎)ら()い目の付け(どご)だべ(でしょう)」

(参考図―早稲田大学図書館所蔵本、環海異聞に載る「ロシヤの食事用具等」)