キ 土産品に一工夫

「はい。品選びに色々と悩みました。

 長崎には江戸に無い女子(おなご)用の鏡に、化粧の品とて多く御座いました。

 いかにも異国を思わせる意匠をした鏡も、初めて目にする、聞きもするいい匂いの白粉(おしろい)とてありました。

 それ故如何(どう)したものかと悩みもしましたが、叔父上のお言葉を思い出して最後は詩文の書き込んである(から)山水の絵にしました。

その絵図を単に御進呈するだけでなく吾の目論見に御座います。土産品に一工夫、趣向を凝らすことを考えました。

 伯父上ならば絵図に書かれてもある詩文、五言絶句を理解も出来ましよう。ならば観心院様がより理解し易いようにと和訳を付け、更に蘭文に訳して、つまりは三国の文字にしたものを添えて差上げれば正に大槻玄沢が贈呈と納得も感心もしようと考えました。

 和訳も蘭訳も吾の下書きに御座います。(つたな)い訳を叔父上に完成させていただこうと今日ここに来るに持参しようと風呂敷に包んで準備もしていたに忘れて来もしました。

 学問所の教壇に立てる。叔父上に良い報告が出来るとまさに浮かれておりました。

何とも阿保な話で御座います」

「その唐の絵、今日にも見てみたかったが慌てる必要もまた無いでの。明日にでも明後日(あさって)にでも必ず持参するが良い。

 一言一句を三国の文字に仕立てるなど吾は考えもしなかった。

 面白い考えじゃ」

 贈り物をするは、誕生日よりも前が良かろうと想いもしている。されど、(観心院様に)九月が誕生月としか聞いておらぬ。還暦をお迎えする日が実際に何時(いつ)の日か分らぬゆえ急がせる言葉だけて民治の言うを(りょう)とした。

 吾の言う通り大火鉢、大鍋を横にして三人の枕を並べた。布団を用意してくれる末吉を見ながら、末吉の嫁取りをさてもどうしたものかと思いもした。

 田舎から一緒に出て来もしたお京との間を思いもするが、年齢(とし)が離れすぎても居ようか。いや、若い民治でさえも言っていたではないか男と女の間に年齢(とし)は関係ない。

だが、お京にその気があれば疾うに目出度い話を耳にしても居たろう。やはり、(末吉の)誰ぞ良い相手を探してもやらねば・・・。