分からずも聞いていたであろう五三と六はそれで頷いた。お腹が満たされれば眠くなる。お京は五三と六の寝る時刻を計っても居たろう。

 ニコリとした民治だ。酒が顔に出ておらぬが饒舌(じょうぜつ)になったのは確かだ。

「大国主は心の優しい神様だった。

 ある日、多く居た兄弟が皆で出かけることになった。

 大国主は兄弟達に頼まれた荷物を大きな袋一つに纏めて一番後ろからついて行った。

 出かける先は因幡(いなば)の国、そこには八上比売(やかみひめ)という美しい姫が居った。

 吾こそその姫と夫婦(めおと)になりたいと、兄弟達は勇んでいた。

 兄弟達が因幡の国の()()(みさき)を通りかかった時、身体の(かわ)()がれて泣いている一匹の(うさぎ)と出合った。

聞けば、悪いワニ(サメ)に身ぐるみを剥がされたと言う。

 一人が、『海水を浴びて風邪に当たって居れば毛が生えてくるよ』と言う。

兄弟達皆が揃って、そうだ、そうだと言う。

 兎は海に飛び込み、それから風当たりの良い丘に(のぼ)って肌を陽にさらした。

 海水は其方(そなた)()の知る通りしょっぱい塩水(しおみず)じゃ。海水に漬けた肌は乾けば余計に傷が(ひど)くなる。兎は騙されたのだ。ひりひりと痛みも強くなった。

 そこに遅れて来た大国主が通りかかった。兄弟達と同様に、『どうして泣いている。(ひど)い傷ではないか』と言う。

兎は、『私は隠岐の島に住んでいたのですが、対岸の島国に渡ってみたいと常々思って居ました。

   泳ぎが余り得意でない故、泳がないで渡る方法を考えていました。

   丁度そこにワニ(サメ)達が現れました』と言う」

 真剣な顔をした五三と六だ。話を催促したお京までもが真剣に聞いている。鍋を突ついていた玄幹が箸を休め、末吉までも盃を控えている。

「兎はワニ達に、『ここにいる兎仲間皆とワニさん達皆と、どっちが多いか比べっこしましょう』と持ち掛けた。

 ワニはその話に乗った。一匹のワニの言うとおりにワニの皆が背中を見せて一列に並んだ。

 比べっこしましょうと話を持ち掛けた兎は、一番最後にワニの背中を渡った。

 ワニの数を数えるふりをして後一歩で対岸に渡り切ると言う処で、『まんまと私の話に乗ってくれたな、数などどうでもよい。この対岸に渡りたかっただけよ』と、本当の所を話してしまった。

 ワニが怒るのは当然じゃな。聞き付けたワニは勿論のこと、外のワニ達も寄ってたかってその兎の身ぐるみを、毛を剥いでしまった。

 嘘をついてはならん、他人(ひと)(神)を騙してはならん、と(さと)した大国主はそれから兎に教えた。

『側を流れる川でも良い。直ぐに真水で身体を洗い、(がま)の花を摘んできてその上に寝転ぶが良い』、と教えた」

 民治の話の後に続けた。

「蒲の(雄花の)花粉は止血、火傷に効くと言われておる。

 漢方薬の一つじゃ。神話の事と雖も理にかなっておる」

「さすが、叔父上。

 吾は(がま)とは何ぞやと調べて、川や沼地の水辺に育つ水草と知りました。

そういう効能が有るのだろうとは思いはしたものの良くに知りませんでした。お聞きすれば確かに納得も出来ます。

 兎はの、身体にやがて毛が生え始めすっかり元の白兎の姿に戻ることが出来た」

 安心したというかの如くに大きく頷き、ニコリとした五三だ。六は妻の顔を見てニコリとする。

お京はその先がどうなりましたかと聞く。小春も顔を緩めながら是非にお聞かせ下さいと同調した。

「兎は感謝してそこを去り、大国主は兄達の待つ因幡(いなば)の国に急いだ。

 大国主は遅れて到着した理由(わけ)を兄達や八上比売(やかみひめ)の前で話した。

 それからに、八上比売が夫に選んだのは大国主の(みこと)(神)だった、

という神代の話じゃ」

 今度は、納得したというかの如くに大きく頷き、ニコリとしたお京と小春だ。

「今に大国主(おおくにぬしの)大神(おおかみ)を祀る出雲の大社(おおやしろ)は大きな注連縄(しめなわ)をしておりました」

 実際に民治と見もして来た玄幹だ。見たことも無けれど、皆が揃って頷く。

「さて、五三も六も、食べるも聞くも満足したかな?。

 そろそろに、寝るが良い」

 六は首を横に振ったが、妻が寝ましょう、明日もありますよと(いざな)う。

素直に妻の指示に従う二人だ。

 吾はタホ(妻)に満足じゃ。タホが腹を痛めた子でもない。感謝する。