「ハハハ、知らいでか(知っている)。吾が(長崎に)遊学した頃にも乙名はおった。長崎と言う街の独特なやり方で、長崎奉行が 直接管理する町役人であろう。
出島に出入りすることも出来れば、出島の中に乙名のための部屋とてあった。出島が必要とする日雇い人足の手配もすれば、日頃町内にあって、町の皆の頼み事も、もめ事も解決に当たる、町の治安に気を配る小役人であろう」
「はい。その様な仕事をしていると末次殿にお聞きしました。
三年前になりましょうか、吾らが長崎に行った凡そ一年半前ぐらい、享和二年の夏に間重富殿親子も長崎に来たのだそうです」
「それは初耳じゃの」
「末次殿は、折角長崎に来たのに間殿は志筑先生の天文や窮理に掛る話を聞かずに大坂に帰ったと、とても残念なお顔をしていました。
突っ込んでその訳をお聞きしたれば、(志筑)先生は本木良永先生の弟子、間殿はその本木先生の「太陽窮理了解説」を既に読んでいたそうで、了解説は天文暦算の上で誤りが多い、故に今更志筑先生に会ってもしょうがない、と言ったというのです。
先生の研究は本木先生の論から一歩も二歩も進んでいると説明したというのですが、聞き入れてもらえなかったと悔しがって居ました。
それでも最後には、間殿親子が長崎を離れる時に桜馬場天満宮まで見送ったと言うのですから末次殿のお人柄が分かります。
後々、末次殿の奥様は志筑先生の妹御(たき)だと知りもしました。
志筑先生の暦象新書が完成したのはその年の秋とお聞きしました」
(享和二年十月、凡そ十六年の歳月をかけた志筑忠雄の「暦象新書」上・中・下三巻が完成している。同書は英吉利人のジョン・ケイルが現した「ケイル全書」の翻訳書で、西欧の力学・天文学の最新理論を紹介している。
今日に使われている「引力」、「万有引力」、「分子」、「真空」などの科学用語はこの「暦象新書」より誕生した)
玄幹の語る最後の一言に吾はいいささか顔を赤くした。本来なればあの歴象新書の中の第四部に、ケイル全書に掛る吾の翻訳部分も入ることになっていたのだ。
志筑殿にその部分の翻訳を頼まれもしていたが、いざ取り組んでみると天文や窮理に掛る素養が無い者(吾)に簡単に翻訳出来るものでは無かった。
医学書の翻訳に医学に掛る素養が有ることが有用なように、天文、窮理の書の翻訳がためにはその理論的な基礎を習得していること、窮理に掛る素養があることが必要なのだ。
素直に早くに志筑殿にその旨をお伝えすべきに、吾がずるずると何の連絡も御断りもしなかったがために歴象新書にその部分が空欄のままだ。本訳無しのままだ。
「父上が何時かお話していた飛行の器は、今回は飛行船と習いました。
先生は先に、空気よりも軽い環境、真空とか言っていましたが、その環境を作れば重い物でも浮き上がるとか考えたようです。
それを聞いても吾も兄上も真空そのものが何物なのか、何度お聞きしても理解出来ないのですから目の前でお聞きしていてもちんぷんかんぷんでした。
そして試行錯誤の上に、空気を囲い込み温めればその空気の体積が膨張して外に有る空気よりも軽くなると気づいたと言うのです。それが浮き上がる力になる、浮力だと志筑先生は言うのです。
もう、何十年も前に飛行の器に書かれていた西洋の教える原理が正しかったというのです、やっとわかったと言うのです。だが、そう聞いても吾はまだ分りません。飛行の器が飛行船になっても、ちんぷんかんぷんです。
先生は温められた空気とそうでない空気との温度差だ、それが人の乗った駕籠さえも空に浮かばせる。浮力になる。上手に操作すれ人間が載った駕籠ば何里(何キロ)と空を飛ぶとことが出来ると言うのです。(現代で言う「熱気球」)
未だに(吾は)半信半疑にありますが、その浮力に最初に気づいたのがギリシャ(時代)の科学者、アルキメデスとか言いました。アルキメデスの原理と言うのだそうです。
馬場殿(馬場佐十郎、馬場貞由)は、イングランドのニュートンとかいう人の説を、先生が「万有引力」、「分子」、「浮力」、「真空」等に訳したのだと教えて呉れました」
「聞いている吾とて理解が半分じゃがの。志筑殿の活躍が知れて嬉しい。
志筑殿の後に続く科学好きな子等が育つは良きことぞ。必ずこの日本の裨益になりもしよう。
其方も世界に目をやりいかなる書も、また、知る人も大事にするが良い。
ところで、少しは翻訳の事も医学医術の事も学んできたであろうの・・・?」