[付記]:令和7年夏、帰省と取材旅行・5

 

 8月23日(土)。泉中央駅までバス。そこからまたバスを継いで朝から宮城県図書館です。 三階の書庫、閲覧・読書室の一番奥に「みやぎ資料室」と名のつく一室が有ります。そこが何時もの目的地、小生の文献調査室です。 

 今回は大槻玄沢の生きた時代、特に玄沢の「官途要録」に出てくる奉行衆と藩医等を詳しく知りたくての訪問でした。流石に専門の図書館員です。来館の趣旨を伝えると、伊達家文書(だてけもんじょ)や仙台藩家臣録からだけでは分からなかったこ関連資料がたちまち指定されたテーブル席に届けられました。 

 大いに役立ったのは、仙台伊達氏家臣団事典、仙台人名大辞典でした。文化元年当時の仙台藩・七奉行の名とそれぞれの活躍の治績を知ることが出来ました。 一番驚いたのは、藩医・桑原隆朝です。四代続く桑原隆朝の名は「如璋」「純明」「如弘(ゆきひろ)」「如則(ゆきのり)」と続きます。しかも、如弘の娘が伊能忠敬の後妻に入った(桑原(のぶ))ことは小生の小説の中でも既に書いているのですが、何と、如弘は玄沢が江戸における父と慕っていた工藤平助(NHKの「べらぼう」にも出て来た「赤蝦夷風説考」の著者)の奥方、工藤遊の兄だったのです。

 故人・永井路子さんの小説「葛の葉抄」に、文化四年に急逝する工藤源四郎(工藤平助の次男)亡き後の後継者問題で不満を語る工藤あや子(工藤平助の長女)が書かれていますが、小生のイメージは大きく変わりました。

 館内レストランで遅い昼食を摂り、午後3時頃から遭難船若宮丸とその乗組員で世界一周をして日本に戻って来た四人の事情をもっぱら調査しました。ここでも午前に引き続き図書館員・佐藤さん(女性)にお世話になりました。用意される資料は的確でした。玄沢の「環海異聞」(早稲田大学図書館所蔵本)を中心にして既に書いた事でも、知った所で修正が必要と思った所も有ります。改めて、殆ど小生に付きっ切りだった佐藤さんにこの紙上をお借りして感謝を申し上げます。

 土曜日故に午後5時が閉館時刻でした。所沢を出る時に2,3日かかるだろうと予測していたのですが、用意していた調査事項は一日で十分に達成されました。

 

 宮城県図書館は仙台市と富谷市の境に位置します。小生の小説を処女作から読み、意見をしてくれていた中学時代からの友人との約束で、車で迎えに来てくれました。泉中央駅近くに戻り、一緒に仙台名物、牛タンの食事です。

凡そ二時間、車の運転で飲めない彼はノンアルコールのビール、かつては一升瓶を抱えて飲んだ小生も二度のがんの手術で今はビール一杯が限度。お互いの健康を祈って別れました。この日は花火大会とかで、泉中央駅付近は屋台も出て人、人の混雑でした。

 

 予想もしていなかった一日での成果に、ユースホステルに帰って、明日には朝食の後、塩釜、松島、石巻に行くと伝えました。若しかしたらもう一日泊めて頂くことになるかもとの朝の言葉を取り消しました。この夜は、相部屋になる方が先に居ました。

定年になって、日本中をオートバイで周遊している方でした。年齢を聞いて驚きもしましたが、今の70(歳)は若い、若いと、自分を励ますことにも繋がりました。

 

 若者諸君、世代を超えて交流することも、お話を聞くことも出来るところがユースホステルだと見直して利用してみては如何でしょうか。かつて、HNKが北海道の礼文島にあるユースホステルの今を伝える放映をしていたことが有りますが、機会は傍に在ります。

「メープル仙台」ユースホステル、有難う御座いました。