形影夜話序、「今としみづのえいぬ霜降月の二日の日」とある。(壬戌)
長文である。先生の前と雖もさっと飛ばし読みしてみた。医業を学ぶ者は身体の構造、生理を学ぶことを第一とし、これを得て後、治療の道を知るとある。
殊に瘍医(外科医)は湯液内治ばかりでなく、常に身体の中のここには何の脈、何の神経が有り、ここの骨の形、筋肉がどうなっているかと詳しく知らねば金創(外傷、刀傷)、折傷(骨折)、脱臼などを治せるものではない。また、腫物とてもむやみに針を刺したり出来ない事も知ろう。予め身体の形態を良くに極めるべしとある。
また、医業をもって立たんと欲するならば、第一に欲が無く、恥を知る心を持つべし。その業は少しの時も油断せず、託された患者あらば己の妻子が患ったが如くに思いやり親切に治療を施すべし。
たとえ如何なる貧賤の者が患者に有ろうと高官富豪の者が患者に有ろうと、治療するに同じに扱うべし。決して心を二つにすべからず。幾重にも治療の要所を自得し、条理の立つ治療を心がけよ。飛ばし飛ばしに読んだだけでもハッとした。
吾は口を真一文字にした。草稿は明らかに先生のこの数十年の西洋医学の勉強の賜物であり、実地の体験からお話されている。
読み進むほどに感心もしたが感動もした。心の中で震えを感じながら、持ち帰ってじっくりと拝見させていただきますというのがやっとだ。
吾の緊張した顔も気配も知ったか、見れば部屋の隅に控えている小春も緊張した顔をしている。初めてに先生や伯元殿にお会いしたというだけではなさそうだ。
草稿を風呂敷に包んで呉れもした伯元殿だ。
私がお持ちすますと言った小春に、否、吾が持つと返した。
道々、医者は商人にあらずと吾が表した後の日に、伯元殿に聞きもした先生と書生との間のことが思い出された。
「今や先生は御高名なお医者様、西洋医学の大家と称される方に御座います。
何も長屋に住む、碌に治療費も払えぬ家にまで往診に行く必要は御座いますまい。
恥ずかしいことにも御座いますれば、(長屋に)行くのはお止め下さい」
「命は誰も一つ。大切ぞ。その命に差などあろうハズが無い。
痛い痒いは人皆同じにして貧賤の身にある者の治療は恥ずかしきことにあらず。
恥ずかしきことは治療を間違えたとき。己の未熟を思い知る時ぞ」
玄幹が(吾家の)小さな門前の掃き掃除をしている。天真楼に通わせる様にして良かった。先生の下なら、また伯元殿の教えを頂いているなら間違いなかろう。
人を思いやる医者に成れ。口にせず、心で声を掛けもした。
「お帰りなさい。先生はお元気でしょう。伯元先生にもお会いしましたか?」
頷き返して、夕餉の後に必ず吾の部屋に来るようにと言い付けた。