四 六次郎(後の大槻磐渓)の誕生

「先生。少し落ち着き下さい」

 手にした薬缶(やかん)を重たそうにしながら、お京が笑いながらに足早に通り過ぎた。

 これが落ち着いて居られるか。無事に元気な子が生まれて呉れよ、純が無事でいて呉れよと安産を願うが、出来れば男の子であって欲しいと思う。この年齢(とし)(四十五歳)になって家の跡継ぎのことも思うのだ。

 玄幹が居る。そう思っても、良沢先生が所を思っても(子息、前野(りょう)(あん)の死)、工藤様の所を思っても(子息、工藤(もと)(やす)の死)、もう一人、男の子が居なければと思いもする。

 部屋に居ても何も手に付かず喉を潤しに来た台所だったけど、何故かここが一番落ち着きそうだ。

 己で淹れもした湯飲みを手にしたまま周りを見渡した。天井の節穴までも見た。この静けさは何ぞ。奥座敷の物音に耳を研ぎ澄ましている。

 おぎゃーの第一声だ。聞こえてきた。確かに聞こえた。

 男の子か女の子か。足早になる。産褥(さんじょく)を覗いた。産湯(うぶゆ)を使っている産婆さんが頷いた。

「安産に御座いましたよ。男の子です。奥様をお褒めになって下さい」

 その(すみ)に目を移して、声にせず頷いた。

 布団から出した右手を握り絞めた。

「あらあら、産褥の()は男子禁制とお聞きしていましたけど、嘘ばっかり」

 言うお京とて、顔は笑顔だ。

「でかした。でかしたの、お(すみ)

 猿にも似た赤子は目をつむったまま口を動かしている。

(おの)が部屋に戻ると、玄幹が顔を出した。

「良う御座いましたね。おめでとう御座います。

 母上も赤子もお元気でしたか」

「うん。ほっとするの。何時にてもお産は女子にとって大仕事ぞ。

 蘭医学のお教えるところと、その絵図で初めてお腹にある子の産まれ方も知れた。

 赤子(あかご)は生まれる前までは座ったり横になったり自由な姿にある。

 それが産まれる段になって頭を下にしよる。それが正常(まとも)なお産じゃ。

 赤子を守っていたお腹の中の袋が破れて水が先に流れ出る。

 母親(おや)と赤子の二つの命を一遍に扱う外治(外科)は他に無いでの。覚えておくが良い。

 其方の年齢(とし)なれば、早い(かた)ならば(おのれ)の子やも知れぬ。

 其方と赤子と十六、七(歳)も違うか。無事な成長を願うは親なればこそだが、いかに年が離れていようとも兄弟の仲は良くに有らねばならぬ。

 良くに面倒を見るが良い」

「はい。心得て御座います。

 赤子の名は何とお考えですか」

「流した子も、産まれて声を上げることも出来なかった子も居るでの。それらの子の分までも長生きして欲しいものじゃ。

六番目の子であり、次男とて六次郎で成長を願う」

 (享和元年五月十五日、西暦一八〇一年六月二十五日、後の大槻磐渓誕生。

 磐渓は仙台藩、藩士にして儒者、漢学者となる。

 磐渓は幕末に奥羽越列藩同盟結成の草稿をまとめ、戊辰(ぼしん)戦争の後、明治政府に戦犯として捉えられる。

 謹慎幽閉されたが後に開放された)

 

[付記]:今日は大リーグの「オールスターゲーム」。放映開始のAM8時を楽しみにしています。

    勿論、大谷翔平、菊池雄星、山本由伸の各選手を特に応援します。

    大谷選手の赤ちゃん、レッド・カーペット登場が有るか、菊池選手の親バカぶりが見られるのか、

    アレッ?、雄星は結婚していたっけ?。そんなことを思いながら楽しみにしています。

 

                  今、日本時間、7月16日、午前5時50分。大槻玄沢の、「北辺探事」等を早稲田大学古典籍データーベースで見れる か、内容を調べられるかと検索していたら、既にネット上はレッド・カーペットの大谷、菊池の写真付き情景ではないか。

 今、そっちを見ています。AM8時の楽しみが消えちゃったー。地球の裏側の事も直ぐに入ってくる世の中だものねーと今更ながらに思います。それにしても、バカヤロー、戦争なんて消えてしまえーー。現代の戦争の恐ろしさを国を引っ張る人が知らないなんてーー。