十 寛政十年の蘭学会の宴

 これも田舎からの頂き物だなと、(こも)(たる)の腹に有る「祝」の文字と、その下に書かれてある醸造元、佐浦の名を確認した。

 グラスにホーク、ナイフ、(ちり)蓮華(れんげ)良し、小皿に箸の準備も良し、並べた三つの卓子(てーぶる)の上を確認するも例年(いつも)の事だ。

 お京が、これでようございますか、後は皆様がお見えになってからワインに熱燗をお出しする、お料理を並べるだけですねと胸を張る。

 ワイン(和蘭語の綴り、WIJN)という蘭語を覚えたか。

 それにしても、残念でならない、士業(伯元)殿が三々五々の解散を宣言して、士業殿に吾、後片付けの終わった星野殿等四人になったところでのお話だった。

「体調が良くないでの。足元が覚束ない。

 おまけに目も碌に見えす、己自身イラつくことも多くなった。

 己に腹も立つが年齢(とし)には勝てぬ。

 明日の会(蘭学会の宴)は欠席させて貰う。

 初めての欠席になるが、許して呉れ」

 先生のお言葉を何度繰り返し思ったか。

 先に見ても頂いていた相撲見立て番付に、急遽、東の張出大関に星野良悦、西の張出大関に今も天文方の用事で江戸に在る楢林重兵衛殿を追加したとの話に機嫌を損ねたわけではあるまい。

 長年先生のお側に仕えて先生のことは良く知っている。昨夜の先生が宅でのことを一つ一つ思い出しても見たが、先生のご機嫌を損ねるような事は無い。

 体調が悪い、目も碌に見えない等の先生のお言葉は本当の事だろう。なおのこと先生が身の心配にもなる。

良沢先生から欠席の連絡を頂いていると先生にお伝えしていないが、士業殿にそのことを先に話している。先生は良沢先生の近況を士業殿から聞きもしていたか、それで何かお考えが有ったのか、己も欠席することにしたのか・・・。

 身幹儀を良沢先生にも見てもらう機会を何とか都合せねばならぬ。

 

「お部屋の方に、(身幹儀を)広げ終えました。 

 それで良いかどうか、確認をお願い致します」

 戻って来た星野、土岐、冨川、中井殿に、先にお礼を言った。吾が家に緋毛氈は無い。前と同じに大風呂敷三つを広げて、その上に木骨を並べて貰った。

 そのことに何の支障(さわり)も無いが、部屋の広さが気になる。十畳一間の部屋に四十人もの参加者が一遍に入りもしては・・・。二つの班に分けもしようか。

 吾の心配だが、星野殿には口にしなかった。その時に考えよう。宴会の席での段取りを先に話しておく必要もある。

 いよいよその時が来るとて四人のお顔に少しばかり緊張の色が見えもする。

「星野殿には、先ずはあの床の間の傍に置いた洋椅子にお座り頂きます。

 お三方には、その傍の卓子(てーぶる)席にお座り頂きます。

  昨夜にも話しましたが、司会は森島中良殿で、先ずは乾杯の音頭を法眼様に頂きます。

 少しずつとはなりますが赤い葡萄酒、ワインを用意して御座います。

 次に、司会の案内を受けて吾が挨拶に立ちます。

 一通りの挨拶に御座るが、その際に、星野殿とお三方をご紹介させて頂きます。

 吾の合図に従い、その場で各々お立ち下され。

 吾が、身幹儀の事に触れ、蘭方や漢方に如何に役立つ物か、まずは口頭で御披露します。その後に、身幹儀をご覧になれるよう別室に用意してあると伝えます。

 それからもう一人の珍客、楢林重兵衛殿を紹介します。西の張出大関にした方です。長崎表の和蘭通詞で御座いますが、今に御上の天文方の和解(わげ)(がかり)に属しております。

北國(ほっこく)の守りも重要になったとかで先頃まで蝦夷地に行っておりました。彼のオロシヤ語の通訳が御上に必要とされたらしい。

 楢林殿は、吾が長崎に遊学したときからの友でもあります。

その後に、吾がお二人から御挨拶を頂くと伝え、星野殿からと誘導しますのでご挨拶をお願い致します。

 楢林殿の挨拶の終わり次第、司会(者)が移動を誘導します。

 酔っぱらってからの木骨観覧では失礼と言うもの。参加者に先に()て頂きましょう。

 観覧は質問も含めて四半時(約三十分)と思っても御座いますが、玄白先生が屋敷での例も御座います。その場を見ながらに判断するようになるかと思います。長くなっても半刻(はんとき)(約一時間)に抑えたい。

 宴会の席に戻ってから暫くは款談の場とします。それからに、頃を見計らって司会の森島殿から相撲見立て番付を御披露します。各々に配ります。

 先に身幹儀を観ても居れば、星野殿の東張出大関の格付けに納得されもしましょう。

 紹介するに、「当角力(すもう)の骨、芸州、古今の大当たり、大力士」としたは、洒落ゆえの事と、許されよ」

 「何から何までご配慮頂き、有難う御座います」

「星野殿、座って頂くあの椅子にも謂れが御座いましての。

 この会の初めての(とし)、五年前の寛政六年になるが、乗る船が難破してオロシヤの国を凡そ十年も放浪して来たという、伊勢の漁師、船頭でもあった大黒屋光太夫殿が座りもした南蛮渡来の椅子で御座る。

 遭難した者は十七名とお聞きしたが、厳しい漂流生活、放浪生活で日本に生きて帰れたのはたったの三人。

 十年ぶりに根室という蝦夷の地に帰って来れたものの、一人はその根室で間もなくに死んでおる。

 御上の手配で江戸に着いたは光太夫と漁師の磯吉という若者じゃ。光太夫殿はオロシヤの王様というのかの。エカテリーナという女帝に謁見(えっけん)しておった。

 そのことも御座ろう。将軍様(第十一代将軍、と徳川家斉)が光太夫等を引見(いんけん)した。

 将軍様の前で、光太夫、磯吉の二人に質問等を仰せつかった一人は法眼様ぞ。

法眼様の御配慮でこの蘭学会の宴に光太夫殿に参加して貰った。あの椅子にお座り頂いた。

 興味本位では御座らん。何と、大黒屋光太夫殿はオロシヤの語を、吾等の知らぬオロシヤの言葉を記録しておったのじゃ。

 凡そ千五百ものオロシヤ語を法眼様も吾も知ることになった。その文字と、言葉の持つ意味から、吾等は我が国より進んだオロシヤの医学医術も、経済も文化も地理も学ぶことが出来たのじゃ。

 吾等の養生所は、オロシヤ語でヲシリピタリ(病院)とか言う。また、薬屋はアピチエッカリと言う。医者、日本の藩医はドクトルじゃ。

 医者が患者のために良かれと判断した処方箋を書き、患者はそれを持って薬屋、薬局とか言う所に行き、薬を買うのだそうだ。

また、患者の命を守らんがために寒さで腐った足の一部を切り落とすなど、聞いて驚く医術を知りもした。

 何らかの事情で子育てが出来ない、その乳児等を育成するための制度(現代日本の赤ちゃんポスト)、専門の施設(孤児院)があるともお聞きした。光太夫殿等は多くの新しい知識を吾等に提供したのじゃ。

 星野殿の木骨は蘭方であろうと漢方であろうと、吾等の診療を一層よくしていくための物ぞ。絵図や言葉だけでは分からぬ身体の仕組みの理解を一層助ける物だ。

 あの椅子に座るに相応しい事をされておる」

「十年もの放浪生活にとてもとても及びませ何だが、

 身に余るほどの評価、お褒めを頂き、誠に光栄に御座います。

 土岐、冨川、広島にある原田をも代表してあの椅子に座らせて頂きます」

 星野殿の驕らぬ返答に改めて感心もした。

 

[付記]:今日のこの投稿を以って寛政十年は終わりです。次回は7月1日から投稿させて下さい。何分にも腰痛に悩まされております。一番に効果のある治療方法は経験則上、針治療であると分かりました。東洋医術の治療も大したものです。

 しかし、この4月から1回の施術にかかる自己負担分がほぼ倍の4400円になりました。年金生活の小生には出費を続けられるわけが有りません。かかりつけの接骨医から教えて頂いたストレッチに挑戦しております。

 玄沢の長崎遊学の終わりを前巻、家族を江戸に迎えて大いに活躍する玄沢を中巻と勝手に区切っておりますが、正直、令和3年4月に書き出して、こんなにも書かねばならないと思ってもいませんでした。

 今日の投稿までに400字詰め原稿用紙にして2550枚余、この先、加筆修正したところ、公表しても良いかと自分自身思うところはが凡そ130枚、文化二年までです。体調のことも有りますが、何を書き、何を捨てるか、文献調査にかかりっきりで書けないのが現状です。今更ながらに大槻玄沢の執筆の多さ、玄沢を取り巻く事件の多さに驚いています。例えば、石巻の遭難船、その帰国者、漁師がレザノフと共に日本人初の世界一周者になる、ロシヤに残った大黒屋光太夫の仲間とロシヤで交流している、

国内に在っては、息子大槻玄幹が堀田正敦と一緒に蝦夷地調査に出かける、ロシヤ襲撃の守りに仙台藩が乗り出す、仙台藩藩主の死を3年間隠す、大槻平泉の仙台藩養賢堂の再興に手を貸す、西洋医学科や蘭学科の設置に関わる、天文方に出仕する、シーボルトとの関わり、シーボルト事件などなど、書きたい、書かねば、調べねばと思うことが目の前に山積みです。

 今大槻玄沢を書かねば、誰が書く。それが、唯一、自分を励ます思いです。2027年は大槻玄沢没後200年の記念の年とか、これからも頑張ってみます。冥途の土産になるかなー。

 お陰様で、今月も16日までに300のアクセス(読者)を頂いております。月平均、5、6百です。お休みをいただきますが、引き続き愛読して頂きますよう宜しくお願い致します。

 小さな庭に、ナス、キュウリ、ピーマンが最盛期です。今朝にそれぞれ5個づつ収穫しました。サニーレタスも、シソも、ニラもコンスタントに収穫しております。玉ねぎ、ジャガイモは小ぶりでしたけど収穫しました。

 雀が、朝8時半になると、玄関口にまで来て餌を要求するようになりました。老妻は鳥インフルもあるから止めなさいと言いますけどね。