「はい、お話させて頂きます、まだ頭の中の案なれば単にお話になりますが・・・。おお話しするに、作って良い物か、またそれを宴に参加された皆々様にご披露して良い物か、それを伺いたいと存じます」

「聞かせてもらわねば、言いも悪いもないではないか。

 先ずは話して見よ」

 士業殿の先の意見から吾とても心に掛かる所がある。前置きが多くなった。

「はい。その席で、今に世に聞く蘭学者の皆々様を大相撲の番付に見立てて、蘭学者相撲番付表をお出ししたら・・、お目にかけたらと考えております」

「何?、蘭学者の番付表だと?」

「はい。今に大相撲は江戸にも大坂にも京にも大評判に御座います。

 実際に相撲を見れずとも、その番付表を見るとて市民の大きな楽しみになって御座います。

 蘭学もまた、これほどに世の注目を集めるになったは初めてのことに御座います。

 蘭学を学ばんとするに蘭学者は誰ぞ、その実力のほどはと世の市民とて知りたいところでございましょう。

 一方で、吾は蘭学者のどの位置にあるのかと、蘭学に名を為す方々さえもそれを知りたいところでございます。

 大関、関脇に張り出されるほどのた方は兎も角に、小結、前頭に張り出された方々は番付表も下の方にあればと、今後に発奮して一層蘭学の勉強に励み、医学医術の発展にも、翻訳の学力向上にもなろうかと思います」

「うーん。吾や法眼殿、石川(石川玄常)や桐山(桐山正哲)等はどうなる?」

「はい。先生や蘭花先生は塾を経営しても御座います。

相撲に例えれば部屋を持つ親方に御座いましょう。

 石川様や桐山様は力士に(なぞら)えるよりも番付表の構成者の一員、行司役とも言えましょう。

 法眼様の事は特別に考えなければならず、改めてじっくりと考えさせて頂きますが・・・」

「ハハハハハ、面白そうじゃの。して、其方はどうする?」

「塾を経営しても御座いますれば吾もまた親方ともなりえます。

されども、大相撲の番付表には勧進元も御座います。

 出来た蘭学者番付に責任を持つとて勧進元にならねばとも考えてございます」

「ハハハハハ、成程、聞く限り面白そうじゃ」

「先に伯元(士業)殿にもお話し致しましたが、

番付に載った面々一人一人に、世のため、他人(ひと)のために一層活躍して下されと期待するもの、そのための番付表にございます」

 吾の提案に満更でもなさそうな先生だ。念を押した。

「番付表の原案が出来ましたらば先生にも良沢先生にも、

はたまた出来得れば法眼様等にも先に見て貰わねばとも思っております。

 単なる余興とは言えまいとの思いもして御座います・・・」

「出来た案は必ず先に見せよ。

さすれば責任の一端を吾も伯元も担うこととて出来よう」

「お心遣い、感謝申し上げます」

 「ハハハ、番付表が出来たらその言葉を頂きもしよう。

 のう、伯元。それで良かろう」

「はい。親方にお義父上、蘭化先生の名もさることながら、

これまで蘭学の普及に尽くされてきた諸先輩の名を行司役にも世話役にとでも言うのか、多く出された方が良いかと思います。

さすれば、宴の席で誰が大関、関脇、小結、前頭と話題になっても文句も出ませんでしょう。

 うん、勧進元に大槻様と法眼様、桂川甫周の名があれば誰とて文句の言いようもございますまい」

 吾を心配する士業殿の言葉に素直に頷いた。

 「案が出来たれば、必ずに持参いたします」

 先生は蘭学者の相撲見立て番付を作ることに満更でもないお顔だった。出来た物が殊の外、吾が思うよりも蘭学の今後の発展に大いに役立つかもしれぬ。

士業殿がしきりに泊まって行けと言ったが、末吉も居ればとお断りして来た。

 

「さすがに疲れました。あの書籍の山には驚きました。

 先生(大槻玄沢)と若先生(杉田伯元、士業)が席を外した後も書生さんでしょうか。

 その方のご指示のままに書籍の整理整頓に精を出しましたが、手元にした帳面を見ては首を(ひね)っていましたな。

 最後には、取り合えずそこに置いてくれ、収めよとの事でした。

 改めてその帳面を作り直さねばとボヤいても御出でです」

 末吉の語るを、然もありなんと聞きながら歩を進めた。

 「お疲れさん、一杯やって行こう」

 通り道に有った居酒屋に誘った。末吉がニコリと頷いた。

 

[付記]:昨夜、NHKの「べらぼう」を観ました、何時もの通り、江戸時代の店や通りの風景が小生の想像を掻き立て参考になる処です。テレビはまだ田沼意次の時代で、大槻玄沢の江戸における父とも言うべき仙台藩の工藤平助がちょこっと出てきました。

観ながらに、蔦重は寛政九年に死んだな、工藤平助も、前野良沢も死んだなと、小生の今の執筆状況を思いもしました。

 テレビはまだ田沼意次の時代です。土山宗次郎を通じて田沼意次に蝦夷地開拓を進言した工藤平助です。 

 平助の「赤蝦夷風説考」が紹介されていましたが、これなら蔦屋重三郎の耕書堂を通じて杉田玄白や大槻玄沢がいずれ登場して来るのかなと思いました。余計な事かもしれませんが、先に人物像や時代背景を知りながらテレビを見るのも一つの楽しみ方かもしれません。小生は日本の古本屋を通じて買い求めた物ばかりですが紹介します。

 杉田玄白を知るに、「杉田玄白」(片桐一男著、吉川弘文館)、「杉田玄白、晩年の世界」(松崎欣一著、慶応義塾大学出版会)

 また、大槻玄沢を知るに、「槻弓の春」(大島英介著、岩手日日新聞社)、「大槻玄沢の研究」(洋学史研究会編、思文閣出版)

 その時代背景を知る絵図等で参考になるのが、早稲田大学図書館所蔵の津山藩、藩主・松平斉民が趣味で収集し纏めた「芸海余波」集です。これは同大学の古典籍総合データベースをクリック、検索して誰でも観ることが出来ます。ただ観です。