五 杉田玄白の新しい屋敷

             ア 蔵書蔵(ぞうしょくら)

 秋も終わりか。鱗雲が浮かぶとて、今日は寒い。先生が新しくもなった屋敷に引っ越した(陰暦、九月二十三日。陽暦、一七八九八年十一月一日)

 先生には、やはり「浜町の先生」の表現の方が似合う。

 多くに手があれば手伝いは要らぬと仰せでござったが、末吉を伴って手伝いに入った。

 大物の家財道具の持ち運びにはやはり男手が幾つあっても足りぬ。どれもこれも新品だ。

 蔵書の多さにも改めて驚きもした。お預かりしていた本はほんの少しと改めて知る。書生の頃に図書係をしたことも有ったが、その当時の比ではない。

 先生は新しい吾の書斎と言っていたが、それよりも蔵書蔵(ぞうしょくら)と言った方が良かろう。その構えの大きさとて書斎ではなく、蔵と言った方が当たっている。

「吾も改めて驚きました。今まで、大槻様外に分散して保全して御座いましたからね。

 買い集めた和蘭等が書や地図、器具に、弟子だったとか、関係ある皆々様が書を発刊する度にご挨拶方々ご持参下さるのですから溜まりもします。

 お義父(ちち)上は、これが吾を飾る物、生きた証とか申して御座います。

 目の病(眼疾)を抱えても御座いますので、中の文机(ふづくえ)を前に座るにも無理はしないようにと話しては御座いますが・・・」

「心配はごもっともだな。これだけあると次に被災した時は持ち出せぬだろう」

「大槻様もそうお考えで。

 此度(こたび)の被災でお義父上もそのことに気づかれたように御座います。

 蔵造りにしたこととて驚きでもございましょうが、加えて出入り口は勿論のこと、窓という窓に業火に見舞われても堪えられるようにと工夫がして御座います。

(平賀)源内先生の燃えない布、いざという時に火浣(かかん)()を出入り口にも窓にも張ることが出来るように造作して御座います」

吾の書斎などと比べようもない。大きさと丈夫さに驚きもしていたが語る士業殿の顔を思わず見直した。流石(さすが)に先生だとも思う。

「引っ越し作業も落ち着きましたらば、御父上はお約束通り「重訂解体新書」完成のお祝いと、お披露目をせねばと仰せです」

「いや、その事は・・、有難いお話だが、先生は凡そ毎月病論会を開いてござろう。そこにお集まりの皆々様に出来たとご披露して頂くだけで良い。

 発刊となれば費用が掛かる。その費用とてままならぬゆえ今から余りに大きく宣伝されても・・・十三巻にもなった・・・」

「大槻様がそのように申していたとご報告をさせていただきますが、お義父上が何と申されますか・・・。

 お祝いと言えば蘭学会の宴、(西洋の)新年会も間もなくに御座います。今年は五度目にもなりましょうか。

 何か、(今年の)御趣向をお考えですか?」

「うーん、まだのー。

 二年前のあの歌舞伎仕立ての引き札、その評判が良過ぎてのー。二番煎じは出来まい。

 うん、あっ、そうか!、相撲番付は如何じゃ?」

          イ 蘭学者の大相撲見立て番付

 陽之助が大相撲の番付表を初めて手にして喜んだ時のことを思い出した。

「えっ、相撲番付・・、どの様に・・・」

「後でじっくり考えるとして、大相撲の番付のように蘭学者各々の今を評して大関、関脇、小結、前頭等に振り分けたら如何(どう)かの・・・」

 言いながらに大相撲の番付表の形式を想像した。吾の持つ(所蔵する)谷風と小野川を大関にした番付表も、また陽之助が手にした小野川と雷電を大関に置く番付表も頭の中に思い浮かんだ。

「されどそれでは、(蘭学会の)宴に御出席された方々から文句も出ましょう。

 顰蹙ひんしゅく)を買いはしませんか?

 大関、関脇に張り出されても、その位置に文句を言う者とて出て来るかもしれません。

 前頭に張り出された者は(なお)のこと。吾はこの位置に在らず、もっと上だ。

 そもそもこのような物を作るとは何事だと、文句を言う方とて御座いましょう・・・」

「いや、だからこそじゃ。

 己の名が番付表も下の方にもあれば今後に発奮して、一層蘭学の勉強に励み、

 医学医術の発展にも、翻訳の学力向上にもなろう」

 そうよ、吾等蘭学者を力士に見立てて、相撲の番付表の如くに名を表すのじゃ」

「義理父上や蘭花先生はどうなりましょう?桂川様、法眼様は?」

「先生お二方は蘭学界の重鎮ぞ。相撲に見立てれば年寄り、親方にも()ろう。

 また、行司役に蘭学の医術医学、翻訳の教壇に立つ長老の石川玄常、桐山正哲先生等々とて記さねばなるまい。

 吾は番付表の責任者とした勧進元か・・・。

 法眼様は・・・、考えねばならぬの・・・」

御義父上(おちちうえ)や良沢先生に失礼な事では・・・」

「西洋の書の教えるは実利ぞ。

 昌平黌で教える朱子学も大事なれば、西洋の書の教えていることも大事じゃ。

 吾は蘭学の一層の進展を願う。だが、先生や良沢先生に賛成を得られずば()もしよう。

 番付に載せる蘭学者とて凡そ杉田塾(天真楼)、前野塾、そして吾の大槻塾(芝蘭堂)に学び、今に世に活躍をしている御仁になりもする。

 行司役に名を連ねる面々のお顔とてお二人方(ふたかた)のご意見を伺わねばなるまい。

 先生や、蘭花先生のご意見が一層大事になる。

「一番に大事なのは張り出された面々で御座いましょう。

 文句を言ってくる者とて御座いましょう・・・」

「其方の心配してくれるは良く分かる。

 うん、今に思い浮かんだこと故この場で皆々言うことは出来ない。

家に帰って改めてじっくり考える。

 皆々様のお顔を思いながら、(大相撲)番付に真似て整理してみよう」

「大槻様のすることに間違いはないと思いますが、

 お義父上のご意見も先に窺がってお帰りになってはと思いますが・・・」

「そうよの。二年前のあの歌舞伎仕立ての時のように吾と吾の塾生とで作ったとは違うでの。

 余興と雖も・・・、(芝蘭堂に)お集まりになる方々の単なる余興とは出来まい。

(番付の)原案が出来たとても先生や蘭花先生に先にご了解を頂かねばなるまい。

 朽木侯(朽木昌綱)や法眼様(桂川甫周国瑞)、有坂さん(伊予松山藩医、有坂其馨(安藤其馨))にも先にご意見を伺う必要も有ろう。

 其方の言う通り、先生のご意見を伺ってからに帰ろう」

「それが宜しゅう御座います」

 少しばかり笑みを見せた士業殿に感謝だ。