三 稲村三伯とハルマ和解

 「お出かけですか」

 顔を見せた稲村だ。顔色が優れぬ。

「うん。あの蔦重殿が亡くなったと聞いての。お線香を上げに行く。

 何ぞ心配事か・・・?」

「いえ・・。お気を付けて行って下され。先生が本棚をまたに勝手に見させて貰いますが宜しゅうございますか」

「おう、構わぬ、構わぬ。まだ調べる物があるか?・・・。

 根を詰めるは良いが身体を大事にの・・」

 歩きながらに稲村の事が心配にもなった。あのハルマ和解が医学のみならずこれから先の洋学の進展に大きな役割を果たす事は間違いない。

 だが、それに掛かる出版の費用は先生や士業殿、明卿(宇田川玄随)、岡田(岡田甫説)に吾が支援しても到底追いつかない。蘭語の訳語づくりにも整理にもさんざんお世話になった石井殿(石井庄助)からの支援金も、また吾から事情を話して支援を頂くことになった朽木候(朽木昌綱)からの金子を足しても版元が語る費用には遠く及ばない。

 版木(はんぎ)に彫るABCDの字面の語(単語)が八万にも成る。文字一つ一つの数にすれば数百万、一千万字ともなろう。更にその単語一つひとつに和文の訳語、解釈の文を付ける、訳語等も彫るとなれば膨大な字面だ。その事実を具体的に知って唖然(あぜん)とした。

 嬉しくも自慢したくもなる彼等の功績だ。何とかしたい。

 稲村(三伯)に明卿(宇田川玄随)、岡田(甫説)に安岡(玄真)、山村(才助)も加わった相談の結果に、単語、横文字は版木にして貰う、彫って貰う。だが、それに続く和分の訳語、解釈文は一つ一つ書き添える、手書きにする。そうすることにした。

 単語を彫って貰うだけでも相当な費用になる。訳文は腱鞘炎になろうと腕が上がらなくなろうと兎に角(みんな)で手分けして書く、同じ文言を皆でひたすら書くと決めた。

 一つが編纂できれば出来上がれば、後は欲しい活用したいと考える皆々様の筆写に委ねる。方法がそれしかないとの結論だ。

(記録には版木による蘭語、横文字の印刷は八万語、その八万語の単語一つ一つに手書きの訳文を付けた、結果、やっとに三十編が出来上がったとある。)

 

 [付記]:昨年2月に買い替えたばかりのパソコンですけどこのところ調子が悪く電源が入ったり入らなかったりで、後でビックカメラ所沢店に行ってこなければとイライラしながら文献調査の時間と割り切って本を読んでいました。

 仙台藩漂流民、石巻の難破船、若宮丸に関する本、後に大槻玄沢の「環海異聞」となるものでノートを目の前にしていたら、いきなりの電源が復活して、投稿できるようになったので、今日の分を投稿させていただきす。

 先程まではUSBに落としていない分、400字詰め原稿凡そ100枚、後悔しガックリしていただけにほっとしました。

 先月も優に350を超えるアクセスを頂き有難う御座います。今は、文化二年の大槻玄沢を執筆中です。

  昨日は競馬の天皇賞。競馬も一つの趣味で同レースは馬連が200円当たりました。投資金額全体とほぼ同じ配当金です。クラッシックレースだけの投資でも春、秋は少しの楽しみです。でも20歳から77歳(今年に78歳)の今日までで年間トータルプラスは昨年だけです。投資金額の大小に関わらず、ギャンブルはギャンブルですね。