エ 日野屋藤七が(たな)

 先生の所から芝口までは近い。だが、陽が伸びたとはいえ曇り空もあって周りはもう薄暗くもある。夕七つ(午後四時)に近かろう。

「薬を求めるに父が良くしている(たな)ぞ。覚え置くが良い」

「はい」

 軒から四尺、横に一間も有ろうか。紺地に白く御薬問屋、その横に小さく日野屋と染め抜かれてぶら下がる暖簾(のれん)を分けた。

在宅の有無を聞く前に、帳場(ちょうば)に座って居た手代の方が奥に向かって声を掛けた。

「大槻玄沢様に御座いまーす」

 直ぐに姿を見せた藤七殿だ。新築の祝いの言葉を先に頂いた。何処ぞで吾に掛かる情報を手にしていたらしい。

そればかりか、遠慮したものの倅の前でご祝儀までも頂く始末になってしまった。

「倅の陽之助じゃ。今年に十三(歳)になる。

 医学のことも本草のこともこれからに(まこと)に教えるに、吾の使いは何時ものお富やお京、末吉ではなく陽之助を寄越す。

 お見知り置き下され」

「大槻陽之助に御座います。宜しくお願い致します」

 挨拶も、ペコリと頭を下げることも慣れましたという顔だ。

「御承知致しました。こちらこそ、改めてご挨拶させていただきます。

 各種の薬を(あきの)うております、日野屋藤七に御座います。

 御父上とは二十年近くにもなりましょうか、杉田玄白先生の所にお()でにござった頃からお付き合いさせて頂いております。

 こちらこそ良くに覚え置かれますようお願い致します」

 相変わらず腰の低い物言いの藤七殿だ。

「単なる薬種屋(くすりや)ではないぞ。大阪の薬問屋の皆々に、また長崎の医者や通詞達にも通じるお方じゃ。薬の効能を良くに教えられることとて多い。

 単に(薬を)買い求めるだけでなく、心して教えを乞うが良い」

「そんな、大槻様、いきなりにお褒めすぎに御座います」

 藤七殿の眉に白いものが混じっていると初めて気づいた。

「何時ぞやに、大相撲番付を有難う御座います」

「おう、おう、覚えておいででしたか。その薬屋に御座います」

 藤七殿も陽之助も笑みを作った。

「これからは、其方の母の養生のために尋ねることとてあるやもしれぬ。

 弟か妹かまだ分からぬがの」

 藤七殿のお顔を見たまま、陽は表情を引き締めて頷いた。

「お子が出来ましたか?」

「今朝、出がけに妻に聞いたばかりじゃ。

 確かなことかどうかまだ確認はしてはおらぬがの」

「いや、それは、それは、確かなことに御座いましょう。

 女子の身体はご自身が一番に分かるもので御座います。

 祝い事は重なるもので御座いますな。奥方様とお腹のお子の養生を大切になさいませ。ハハハ、お医者様に余計な物言いでしたかな。

 先月(三月)に、ひよっこり大黒屋光太夫殿がお見えになりましての、間もなくに御子が生まれる、何処ぞに良い産婆さんは居まいか、教えて欲しいとの事でした。

 碌に世間の事を知らねばと申して御座いましたが無理も御座いません。吾の思い当たる産婆さんをご紹介しました。

 光太夫殿は、奥様を心配しながらもお顔は恵比須顔で御座いましたよ。

 磯吉殿共々、家庭を持ったことで大部に落ち着いたようなお話でした。

 時には二組の夫婦が揃いもして、江戸のあちこちを自由に見物しに出かけているそうに御座います」

 帰りの道々、番町の方にも近くに顔を出さねばと、暫くあっても居ない光太夫殿の笑顔を思い浮かべた。

懐には(すみ)に渡すに丁度良いと、藤七殿の手になる貝原益軒の養生訓の写しだ。

 養生訓の語るところを幾つか抜き出して纏めた。丸薬、粉薬が売れる商売の足しになればと配り始めたというが、何のなんの、有難いことではないか。養生の方法は医者も薬屋も世間一般に推し進めねばならぬことだ。間もなくに日が暮れましょう、提灯をお持ち為されと最後にも藤七殿のご配慮の言葉を頂いた。

 だが、これから先、日本橋も多四郎殿の所に寄る、街の灯のある方に周りもすればと丁重にお断りした。

 

[付記]余はGW。テレビを見ながら老妻と二人で夕食を摂りながら交わした近況を、その後、川柳風に一ひねり。出来の良し悪しはご勘弁ください。

  迷子かな それGWGWと浮かれし世 老妻(つま)安かれと米捜しおり

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                                 (河童子)