「いえ、どうすても今江戸市中に評判になっている広告紙を手に入れたくて、見でもみたくて、それで行って来たのです。
人を集めんがための物と分がっていればただでは手に入んねゃ(入らない)ど覚悟もすて行ったのですが、絹小袋を一つ買っただけで本当に欲すがったものを手に入れるごどが出来ますた。
ご存じですか、包装紙なんですけどこの判ず(じ)絵、おもすろいですよ。
お富さんにも、お通さんにも教えで貰わねば私一人で読むことが出来ません。
陽様も、皆に読んでもらうのを楽すみにすておいでです」
手に取って見せてもらうに、驚いた。思わずお京の顔を見た。
「この判ず(じ)絵、きっと今に買って来た(絹)小袋以上に値が付きます。高くもなりますよ」
ニッコリして得意顔で言う。傍に立つ陽之助が、父上なら簡単に解くよと言う。包装紙だけど広告紙でもある。
思わず見入った。
新形(型)の紙御烟草入(れ)品々売り出し、とある。お京ならずも、憚りながら口上、先ず以って各々様益々ごきげんよくござ遊ばされ、ちんちん?存じ奉り候・・・と読み出しても見た。
先ず以っては広げた右の手、各々に斧の絵が二つ重ねてある。また、ますますは枡が二つ、ご機嫌よくに碁盤に鬼の絵、ござ遊ばされに敷物の茣蓙だ。いやはや良くに作ったものだと感心もするが、それ以上に、このような考えに至った者は過去におっただろうかと驚きもする。
今の世の人々を引き付けるに間違いのない引札だ。改めて山東京伝殿に恐れ入った。
(参考図、「判じ絵」。吉川弘文館「人物叢書・山東京伝」小池藤五郎著から転載)
市民好みの袋物や意気な色合いの煙草入れ、見事な装飾を施した煙管を売りに出すなど商才に長けていると今に江戸で評判になっているが、元は黄表紙や合巻、洒落本、滑稽本を書き、狂歌、俳句、詩に川柳、随筆と人も吾も羨むほどに多彩な才能を発揮して来たお方だ。浮世絵師、北尾政演の名をすらお持ちだ。
吾等仲間内でも一番に親しくしていた間柄にあった森島(中良)殿とは疎遠になっているとお聞きしている。
奢侈の禁止、黄表紙等の出版統制等から罪人にされて手鎖に自宅謹慎等の刑を受けた山東殿に、一方の森島殿は統制推進の中心人物、越中侯(白河侯、松平定信)のお抱えとなったのだ。お二人の今の境遇にも思いが行く。
「御父上、後に(読み解いて)吾にもお京にも読んでお聞かせ下され」
吾に返ると、先行きを見た投資の一つかと思いながらも、世の中の動きを確かに見ているお京に感心もする。
[付記]:小生のブログ小説「大槻玄沢抄」を読んで下さる皆々様の理解を助けるために、文面の間々に挿入したい資料の使用許可等状況についてかつて一覧で公表させていただきましたが、上記の判じ絵は是非とも挿入したい一つでした。
改めて、この場をお借りして吉川弘文館・編集部等の皆様に御礼申し上げます。
先日放映されたNHK大河ドラマ「べらぼう}を観ていて、山東京伝が浮世絵師・北尾政演でもあったと紹介されていた時、何故か、「ヨシッ」と声が出てしましました。
