三 大相撲観覧の誘い

 三月八日。先に先生にも見ても頂いていた和蘭医事問答にかかる序文の最終稿を士業殿に渡した。これで、明卿の序文と吾のとが揃った。士業は、二人のを参考にしながら内容が重ならないよう注意して附言を書くと言っていた。印刷が出来上がるは夏以降になるとも言っておった。

 昨日の事を思いながらに小銭を渡した。

「昨夜の雨は相当に(ひど)くも有りましたね。大部に泥濘(ぬかる)んでいます」

 有難うと応えた。僅かながら、釣銭は其方が貰ってくれと末吉に伝えた。

 今日の瓦版には、この先、三月十八日より六十日間、浅草観世音御開帳。風神雷神門再建成るとある。

風神雷神門を焼失したのは明和の頃とあるから吾が江戸に上る前のことにもなる。凡そ二十四、五年ぶりの復活かと数えた。

直ぐにも行ってみたいと野次馬根性の気が起きる。

 後に、通いの家の子郎党、使用人にも瓦版を見せると、誰もが見に行くと興奮気味に語る。

他人(ひと)が殺到しよう。出来た大門は何処にも逃げも隠れもせぬ。観世音の御開帳とて六十日もある。見物は何時にも出来る。

己の考えを皆に伝えながら己の気持ちこそ鎮めた。

 

 先生からの呼び出しに応じて出かけた。来た小者(書生)に呼び出しの要件を尋ねたが首を横に振るばかりだ。吾にもかつて経験のある事とてそれ以上に追求しない。

 またまた大汗をかく始末になった。決して手を抜いているわけでは無い。だけど、翻訳も吾が塾の経営もとあってそればかりにかかりっきりで居られないのは事実だ。

 言い訳は一切しない、いや、する気も無い。ただただ平身低頭して、進捗状況だけをご報告させていただいた。

「吾も忙しい身にはあるけど、其方も知っている病論会は今も続けておる。

そこで、解体新書の改訂は何時(いつ)ぞやと話のタネになったでの。

(われ)が前に、ターヘル・アナトミアの改訂版を玄沢に託していると会で話したこともある故に聞かれての。

 如何どう)かの?改訂版の進み具合は?・・・」

(病論会は杉田玄白主催で医学知識の交換を主たる目的としていた。参加者はいずれも医者であるが必ずしも蘭方医に限られていない。専門と流派を超えてお互いの知識、技術等の研鑽の場であった。

 当時、原則毎月八日開催、会場は参加者十数名の自宅を持ち回りと、()(さい)日録に記録されている。)

 

「申し訳ございません。度々に申し上げてございますように、

何人かの手もお借りして(翻訳に)取り組んでいるところに御座います。 

何分にも(ターヘル・アナトミアは)大書に御座いますれば、

今しばらくにお待ち頂きたく存じます」

 言いながらに、これで何度目の詫び言葉かと自分で思いもした。

「吾の勝手な頼みじゃからの。良い、良い、其方の納得のいくまで待ちもする」

「いえ、今や吾の仕事で御座います。

必ずに仕上げてご報告させていただきます」

「明卿が、あの(西説)内科撰(ないかせん)(よう)を纏めるに凡そ十年も要したからの。

それぐらいの時がかかるかと思いもしておる。

 分かっていながら・・・、呼び出して悪かったの。身体を大切にな。

それこそ、其方に倒れられては元も子も無いからの。

引き続き宜しく頼む」

「勿体なきお言葉、肝に銘じます」

             

 三月ももう(なかば)か。(たな)はすぐ近いと言っても今では必ずしも藤七殿(薬種店(やくしゅたな)、日野屋)に会えるとは限らない。彼の商売が繁盛するほどにすれ違うことも多くなった。手代の、 ご主人様は今にお出かけで御座います、の声を聴くこともしばしばだ。

 この漂い来る梅の香は増上寺境内のものか。今日には会えるかなと淡い期待を持ちながら店に顔を出した。

幸いに藤七殿が居った。

「(店の)直ぐ近くの患家に呼ばれて寄りもしてみました。

また、薬の調合を追加で頼みもしたくて寄らせていただきました。

お久しぶりに御座いますが、達者でしたか」

 

[付記];昨日、一昨日と夜は大リーグ観戦です。現役でもなければ酒量も落ちてスポーツバーに顔を出す勇気もなく、買って来た「焼き鳥10本」、「さつま揚げ」「蒲鉾」「チーズ」に他人から頂いた日本酒の口を開けて、テレビに向かって老妻と一緒に応援です。途中、老妻が造ってくれた「握り飯」を美味いと褒めるのも、このような機会がないと・・・と思う自分でした。

 同じ岩手県出身というだけで、親近感をもって大谷翔平さんも佐々木朗希さんも応援したくもなります。先だってまで、森林大火災の報道に、雨よ降れ、岩手に降れ、大船渡に一杯降れと、同じテレビの画面を見ながら雨ごいしていたのが嘘見たいです。

(今も続くであろう苦労を思うと、被災した方々に申し訳御座いません)

 大谷選手のヒットにもホームランにも流石に大役者だなと思いもしましたが、私が一番に印象に残ったのは第ニ戦の三回、ピッチャー佐々木選手の「首を横に振る」あの表情です。

 一回にストレート主体で良いピッチングを見せて居たのに、二回も三回もキャッチャーが変化球ばかり要求している、あれでは駄目だと妻を相手に文句も愚痴も言い出していた自分です。投球モーションを盗まれ進塁されるという今後の改善課題もありましたが、三回裏の途中から、キャッチャーの要求する球を拒否して自分の決め球を主張する、あの表情が一番印象に残りました。佐々木選手の、大リーグでの今後の活躍は間違いないでしょう。

 

 昨日の昼には、小生、嬉しい封書を受け取りました。作品「小説・大槻玄沢抄」をお読み下さる方々の理解を助ける物として、使用したい資料の使用許可申請を各関係機関にお願いして来たところです。

 対象物を一番多く有する早稲田大学図書館からその返書を受け取り、これで小生が予定していた全てが揃いました。。

ご協力下さった、岩波書店、吉川弘文館、岩手県立図書館、仙台市博物館、東京大学総合図書館、松江歴史館、早稲田大学図書館の関係者の皆様に、この紙上をお借りして改めて心から感謝、御礼を申し上げます。

 資料添付箇所を再編・整理すると下記の通りです。なお「許可」は既定の申請様式により使用を認められた物。「了解」は郵便物で問い合わせ、郵便又はメールで使用を認められた物です。外に小生の取材旅行で自撮りした物も使用させていただきました。