十二 安岡玄真と杉田八曽の縁組
お座敷に戻ると、今日に先生に呼ばれた本題が待っていた。安岡が事だった。
「吾の所でも其方の所でも安岡(安岡玄真)は良くに学んでおろう。
何処ぞに行ったと時折姿を見せぬ時もあるが、見れば夜遅くまで机に向かい、また吾が書棚を漁っておる。
伯元に聞けば、翻訳の力は吾よりも上と言う。よいしょが少しばかり入っているとはいえ学ぶ姿には吾も感心しておる。
それでだ、安岡(二十四歳)はいずれ伯元を助けてこの天真楼を支えていく者になりうると考えた。
安岡を娘(次女、八曽、十三歳)の将来の婿にと思っての、吾と安岡との間で親子の契りを結ばんとて伯元に相談した。
吾も年齢だし、この(天真)楼の今後の有り様を考えねばと常に思っていたところぞ。
其方が安岡を連れてきた経緯も御座れば其方にも相談した方が良いとも考えての。
それで御足労願った所じゃ。
安岡と吾との親子の縁組、如何(思う)かの?」
驚きもした。
「先生は、まだまだにご活躍が出来ます。
現に(天真)楼がごとに限らず往診を頼まれ、お出かけになる先々は益々に増えても御座います。
それを思えば何をおっしゃられるともお話しできるのですが、人の世は明日に何が起こるか計り知ることは出来ません。
楼の先行きをお考えになって伯元殿のことを思い、また八曽様のことを考えるはまさに当然の事にして親心で御座いましょう。
(吾は)先生のお考えに賛成に御座います。
されど、安岡が先生の所にお世話になってまだ二、三ケ月。もう少し様子を見てからにお決めになっても宜しいかと思います。
安岡とて、思いもしていなかった書生にさせていただいて張り切ってもいるときでも御座いましょう。これ以上に良い場所は無く、逃げも隠れもしないでしょう。
今しばらく様子を見てからにお決めになっても遅くは御座いません」
表に出ると、雨はすっかり上がっていた。
青空がところどころに顔を出しているけど、今度は蒸し蒸ししてくる。夏の残りも感じる初秋と言うべきか。
かつて先生は、年齢で助教が難儀になっても出来ずとも、洋書を備えおけばそれだけで若者は育つ。見もすれば考えもする、それゆえ出来るほどに書を揃えて置くのだと言っていた。吾が書生の頃に、その図書係を仰せつかっていたことを思い出しもする。
安岡はかつて吾に、玄白先生の蔵書の多いのに驚きました、洋書の宝庫です。これを勉強せずば目が腐ります、情けない目になります、と言った。
お二人の思いが偶然にも一致しているではないか。彼の勉強ぶりを目の当たりにした先生が吾の息子にと考えたとて不思議はない。
八曾殿と何歳違ったか。男と女の間に年齢は関係ない・・・か・・。
安岡の今後のことを、一層、考えてやらねばなるまい。明卿にもお話しされたかと聞くのを忘れたと気づいた。吾から話そう。明卿が反対するわけも無かろうが・・・。
大黒屋光太夫達が事の方も上手く進めば良いが・・・。
我が家の軒が目に入ってきた。