「うむ。吾は光太夫殿達からの聞き取りに、オロシヤの政治、経済、学術、文化、風俗等の有様は捨て置けぬと実感した。
其方の言う、その会に客人として光太夫達を招待、出席してもらおうか」
「はい、それは大変に宜しゅうございます。
(会に)お集りになる方々とて噂に聞くよりも、体験して来た者から実際のオロシヤを知る、他所の国の政治、経済から文化等を知る絶好の機会に御座います。
「成程の。良し、この事は決まりじゃ。
うん、そうじゃな。戻って吾の御公儀の日程を確認にして、それから光太夫の所に吾が訪問する日時等を告げて、彼等の都合も子細も調整せねばならぬ。
その段取りが首尾良く出来たところで其方に使いを出そう」
「はい。宜しくお願い致します」
「蘭学者の会、宴と?。
吾も初めて耳にすることじゃが、それは良い事じゃ。
出席する皆々が世界の暦を知ろう。オロシヤの多くを知ることが出来よう。
長崎の通詞が言うには、英吉利語を学ばねばならん、いずれ英吉利語が日本でも必要になるとてそれを勉強している若者が増えているとか。欧羅巴ではどうも阿蘭陀語よりも英吉利語が基本の語とされていると聞く。
オロシヤの語も、隣の独逸、英吉利、仏蘭西の語とも関係があるみたいじゃ。
どうあれ、国を閉じていても書物に垣根はないからの。
多くを知るに損はない」
事情通の先生のお言葉だ。吾と士業殿(伯元)は思わず顔を見合わせもしたが、法眼様は黙って頷いた。
「それはそうと、今日にここに訪問させていただいたは、先生と建部清庵殿との間の状(手紙、書簡)を「和蘭医事問答」として一つに纏め発刊するとお聞きしたからじゃ。
喜ばしきこと、大いに意義のあることと覚えて御座れば、吾もその出版に参加できぬかと思って訪問した。
若き日に先生から、吾らが同志が陸奥におる、まだ見ぬ人物だが吾等と同じに和蘭医学に心を熱くした同志が東奥におると、状(手紙)の内容を玄鱗(中川淳庵)や東渓(有阪其馨)等と共に何度も何度もお聞かせいただいた。
(天真)楼に学びたいと来る者に西洋の医学の初歩を教える、翻訳の有り様を教える、医者としての心得を説く、あの時のお二人の問答は翻訳の隆盛を見る今の世に大いに役立つ物と考えおる」
「其方が来る前に、法眼殿が今日に御出でになった趣旨をお聞きしての。
態々にお越しいただいて、吾も伯元も恐縮しておったところじゃ」
「序文を其方(玄沢)と明卿(宇田川玄随)が書くとお聞きしての。そうとあれば納得もした。
吾にあらずもと納得したところよ」
「はい、御心配り真に有難う御座います。
先日に、名文を物にする明卿がもう出来ておると言っておりました。
吾の方が、今に急がねばと思っております」
「この後の予定には、年末までに吾の校正を終えて玄沢様と明卿様に、また御義父上に点検していただいて年明けには出版の運びに御座います」
「承知した。杞憂で良かった。無事に進められたい」
法眼様お迎えのお駕籠はそれからに間もなくだった。到着を告げる書生の上ずった声を聴きながら、身支度を整えたは法眼様だけでなく、見送る先生、士業殿、吾もだ。
歩くことを常としている法眼様がお駕籠にしたは、雨が上がったとはいえ泥濘の多い道ゆえと納得もした。
幸いに西の空は明るくもなっている。