九 大黒屋光太夫が住まいでの宴
番町と名のある通りに、いざという時に将軍様の警護に一番に駆けつける御旗本、大番組のあるところとて長い囲い塀だ。
鬱蒼と繁る木々もあり、何処までが誰のお屋敷なのか分かりかねる。
もっとも、吾がこの辺りに足を踏み込んだは初めてのことだ。方角的にはお城(江戸城)の西域になろう。飯田橋にも近かろうか。法眼様の足は今も健脚だ。
お二人の住む御薬園だと法眼様だ。小屋根のある通用口で棒を持った見張り番が吾等の姿を見て先にお辞儀をした。
「御来所、態々に真に有難うございます。
来る道、暑かったでしょう。まずは喉を潤して下され。
ここの湧き水は美味しゅうございます」
そう言いながら、この住まいが吾の所で、少しばかり離れたところに磯吉(の住居)だと吾に説明する光太夫殿だ。
聞けば、それぞれに六畳三間の住居だと知って驚きもした。江戸の長屋暮らしの市民から見たら大層に恵まれていると言っても過言では無かろう。
それを聞きながらニコリと、満足そうなお顔をした法眼様だ。
巻きすにも似た竹の短冊の上に、水で冷やした手ぬぐいだと磯吉殿だ。
「オロシヤでは、食事の前に必ず手を拭く習慣にございます。
冬はとてもに寒い国ですけれども、その習慣は一年を通して変り御座いません。
特に夏にはこのように水で冷やし、絞った手ぬぐいが出てきます。
本当は、(手ぬぐいは)この半分程の大きさです」
改めて、手ぬぐいを見た。
この習慣ならば西洋医学の教える目にも見えぬ、病の原因の一つだという菌を除けるか。少しばかり驚きもして法眼様を見た。
「見習うべき習慣じゃろ。
手足の汚れたときのみに(手ぬぐいを)使う吾国との違いじゃ。
衛生管理という考えが行き届いておる」
法眼様のお言葉に頷き返した。
「忝い。ご配慮有難うございます。
この水を貰う園内の草木とても喜びましょう。
そろそろに酒も料理も届く頃に御座います。その様に用意させていただきました」
それからに、見張り番が仕出し屋を案内して来たのは直ぐだった。届けに来た者が三人もいたのに驚いたが、天秤棒を両肩に担いだのが一人。酒を手にしたのが二人と知って納得した。それに、いつも吾に言伝を届ける法眼様が処の小者も同行していた。
法眼様に、何処の仕出し屋に料理を頼んだと前に聞かれたことを思い出した。
並べられた料理に、将軍様も口にするという焼き魚、鱸は直ぐに分かった。
鯵の刺身の姿造りも直ぐに分かったが、七月も末、夏本番ゆえ持参する直前に造ったものの早くにめしあがれと注文が付いた。
なめろうも味噌と薬味が混じるものの、早くにめしあがれと言う。
天麩羅は取れたてのナスにミョウガ、去年の秋のカボチャにサツマイモ、魚は大きなエビに小アジだという。ワサビ、しょうが、醤油が添えてある。
「ご注文いただきました五人前、確かにお届けいたしました。
お酒は一升樽お二つに、五合樽二つでございます。御代は先に収めさせていただきました。
誠に有難うございます。今後とも御贔屓にお願い致します。
では、私共はこれにて失礼致します」
はて、吾が注文したは四人前?、