四 河野意仙との再会
気も晴れず、泪も乾かぬ間に嬉しいこともあるものだ。河野意仙が突然に訪ね来た。丼ぶりを片手にその姿が見えなくなるまで長崎の街で見送った時以来だ。実に六年ぶりになる。
お通さんの声掛けに、明け方までしていた翻訳の寝ぼけ眼のままに玄関口に出た。
「意仙。意仙ではないか!」
「おう、そうよ。意仙よ。河野よ。達者だったか。
其方が偉くなりすぎて、どちらの河野様かと言われるかと思っていたよ」
「馬鹿を言うな。
その丸めた坊主頭。団子っ鼻。顎髭が立派になったけど、その顔を忘れるものか」
「吾が国許でも蘭学階梯は大評判よ。
備前藩(岡山藩)の藩医になって四年。江戸詰めを希望してやっとに願いが叶った。
今に藩屋敷(上屋敷。現、帝国ホテル付近。皇居の和田倉門側辺り)に在る。
其方との約束を果たしたぞ」
「何時まで江戸に居る?」
「侯の江戸上りの御供じゃからの、少なくとも二年は居ることが出来よう。
芝蘭堂に入れるかの?」
「おう。勿論者じゃ。長崎で一緒に勉強した仲ぞ。
吾を手伝って、塾生を前に教壇に立つこととて考えよ」
「ハハハハ、吾に蘭語の指導など無理、無理。
長崎に居たとて無理という物じゃ。
教壇に立とうにも、それもまた藩侯の許しを得てのことになる。
それは兎も角、まずは芝蘭堂にお世話になる」
「今日の、この後の予定は如何になっている?」
「うむ。其方の返事次第じゃ。許さんとても、居座るつもりで来ておるからの」
「許さでか。入門者が居なくて困っている状況ぞ」
「そんな馬鹿な。蘭学階梯を読んで目を覚まさぬ輩は唐変木よ。木偶の棒じゃ」
「そう言ってくれるは其方なればこそよ。世の中、中々に厳しいからの
意仙一人が増えて、丼ぶり飯にありつけるというものじゃ」
「ハハハハハ、丼ぶりは良かったかの。覚えておるか」
「忘れるハズも無い。
永の別れに丼ぶりをもらったは後にも先にも其方だけじゃ」
「良し、決まりじゃ。
一旦藩に戻るが、夕にまた来よう。其方の刻(時間)こそ、大丈夫か?」
「うむ。暮れ六つでも六半(午後六時、七時)にても来るが良い。
ここから日本橋通りに出ても、芝口の方に出ても飯と酒処にはこと欠かないでの」
「良し、六半にここに来る。大いに楽しみが出来たわ。では、またに・・・」
「おい、おい。裁書を読んで、(門人)姓名簿に記帳を頼むて」
「おう、そうだった。ハハハハハ、嬉しさのあまり、肝心のことを忘れるところだった」
「上がれ、上がれ、お茶ぐらい飲んで行けよ」
(門人姓名簿には寛政四年壬子四月八日。備前藩(岡山藩)金陵、河野意仙と記載が有り、血判が押されている。早稲田大学図書館所蔵)
[付記]:1月3日に投稿した門人姓名簿(国の重要文化財)です。