六 秋、冬
ア 神田祭
「気を付けて行け。母上の足に合わせろ。
陽(陽之助)の手を離すな。良いな」
「はい。お通さんがご一緒なれば、安心でございます」
何度か祭りを見たであろう。江戸暮らしの長いお通に母上と陽之助を頼んだ。だけど、一人で二人の面倒を見ることはできない。お京に付き添いを頼んだが、そのお京が一番はしゃいでいる。心配がないでもない。苦笑いだ。
長月(九月、陰暦)も十五日。神田明神の御祭礼とて朝から街は浮ついている。山車の外に大神楽に独楽回し、子供相撲の催し。それに、今年の付け祭り(踊りの行列や特別の飾りを付けた曳き物、仮装行列等)は三組と聞く。
母上等を送り出して、お富にお茶を淹れてくれるよう頼んだ。
文机に向かうと、塾の経営を考える一方で陽助のことが思われる。今何処ぞ。大槻陽助か、玄良か、千葉玄良か、前にも認めた人相書を改めて書くとは思いもしなかった。
あのお初天神の側とあれば、近松門左(近松門左衛門)に惹かれる、物書きにならん、と出奔前に語っていた陽助の言葉と符合する。
何はともあれ、上方に再度の依頼で消息が知れればと思う。後のことは後のことだ。
イ 憂い
霜月、十一月。秋も深まれば江戸の街も落葉を見るようになった。
寺という寺の銀杏の木の黄金色の鮮やかさの話から、落ち葉の掃除とて大変とお京の声を聞く。
そのお京は、お富と、拾ってきた銀杏が儲けものと母上に報告する。
上屋敷に出た時にも、国許は豊作にして農民の顔が明るいと国から出て来たばかりの藩士にお聞きした。これ程嬉しいことはない。
されど、買米の仕法(制度)は変わらぬとも聞く。藩財政の根幹に関わることなれば制度の変更は容易ではなかろう。
だが、ならばその運用の方法を誤ってはならぬ。藩侯をはじめ、その取り巻きの為政者の方々に、まずは籾蔵米の備蓄をこそ優先されよと切に願う。
飢餓による犠牲者を出すな、農は国の根本。農民が居てこそ農は成り立つ。建部清庵先生のその教えを大切にせよ。その思いにまたまた駆られる。
一言余計にいえば、吾が俸給を頂けるのも豊かな秋の実りがあってその運用にかかることだ。重々、為政者の配慮を願う。
ウ 七分積金
この師走、七分積金なる制度が江戸市中に導入されると聞く。町入用(地主が負担する町の運営費で水道、火消し、木戸番などの管理費等に充てられていた)の節約を奨励し、その節約分の七割を積み立てさせて飢饉や米価高騰の非常時に備えさせる。また、資金に困窮する地主や御家人に低利の貸し付け金として融資するのだと言う。
良き制度とも思えば、吾もその実効性を期待する。
エ 林子平の捕縛
国許(仙台)から驚く情報も入って来た。
版木を手彫りしていた林子平殿が、上梓したばかりの「海国兵団」を幕府に咎められ仙台にて捕縛されたのだと言う。その序文をかつて書いたのは工藤様だ。
お咎めの理由を一言で言えば、幕閣に在らざる者が幕政に容喙(口出し)するとは何事だとのお叱りだ。「たとえ利欲に致さずとも、(松前の)一揆の名聞に拘り、とりとめも無き風聞、または推察をもって異国より日本を襲い候事、これあるべき趣、奇怪の異説等取り交ぜ著述いたし候は・・・許し難し」、と言うのだ。
あの赤蝦夷風説考で工藤様の説を拝聴している吾は、蝦夷地等の国防の必要なことを訴える書籍も間違っているとは思えない。昨今、北の海の周りに異国船を見ることも多くなったと聞くのだ。
工藤様に類が及ばねば良いがと心配にもなるが、広い心を持って国防をお考え下されと吾もまた為政者に言いたくもなる。
[付記]:次回から「第13章 寛政四年」になります。区切りの良いところで、お勤めのある皆様より一足先に今年度のブログ投稿をお休みさせて頂きます。
この「小説・大槻玄沢抄」は、お陰様で一日の最高アクセス数(読者)が247を記録しました、また、多い月は凡そ1200からのアクセスでした。
文献調査に執筆で外に時間的余裕のない小生ゆえにフォロワー申請を拒否しているにもかかわらず、お読み下さる皆様に深く感謝申し上げます。
また、今年に小生の文献調査にご協力下さった各博物館、図書館、自治体の教育委員会、歴史保存会等々の皆様に、この場をお借りして深く、深く感謝申し上げます。
寛政十年の大槻玄沢までを書き上げるに、400字詰め原稿用紙にして2500枚に達しました。
今も引き続き、文献調査、先人等の玄沢に掛る図書等を参考に執筆を重ねております。
大槻玄沢終焉どころか、息子大槻磐渓、孫の大雪如電、大槻文彦が開いた玄沢没後50年式典までを執筆する、とそれを念頭に置いております。
先日に喜寿(77歳)を迎えました。目が霞む、パソコンの画面が良く見えない、腰が痛い、足のふくらはぎがツルなどなど、歳が歳ゆえのマイナスを引きずりながらも70(歳)の手習いで始めた創作が今の小生の最大の楽しみです。生き甲斐です。
お読み下さる皆様が小生に水を与えて下さっているとも思っております。
来年、令和7年も宜しくお願い致します。1月3日(金)から投稿させていただきます。
良いお年を迎えますよう、皆様の幸福と健康を祈念致します。