想いもしていなかった情報だ。扇さんの淹れてくれたお茶を一口啜って、それを待って居たかのように先生のお言葉だった。士業殿も同席する前だ。
「三日前だったから十一日になるかの。大坂から来た御仁が訪ね有っての。
名前は仔細あって言えなんだが・・、
その御仁が大坂から来たとあればと、大槻、あるいは千葉と名乗る、江戸から行った若者に会わなんだかと聞いてみた。
そしたら思いがけずも、千葉玄良と名乗る若者にお初天神の側に在る酒、めし処で会ったと言うではないか。
千葉玄良は、確か其方の父上の名ではなかったかの?」
「はい。父は大槻玄梁としてございますけれども、大槻家は元々千葉姓にございます。
父の若かりし頃の名でございます」
「そうよな。何時ぞにそれを聞いた覚えがある。
千葉玄良と聞いて、ここに通って居た大槻玄良、内心、驚きもしたよ。
二人で入った酒屋で御仁の相方が酒を飲み過ぎての。帰り際に椅子から立ち上がったはいいが思いがけずによろけた。身体を支えてくれたのが傍に在った飯台に一人座って居た若者だったそうな。
若者に謝り、(名を)名乗ってお礼を述べ、名を聞いたのだそうだ。
すると、「誰にでもあること、足元に気を付けなされ」とだけ言って、最初は名を言わなかったそうじゃ。
また何処ぞでご縁があるやもしれぬ、是非にお名前をと聞いて、返ってきたのが、千葉玄良というではないか。
浄瑠璃の悲劇と恋の話に釣られて人々の集まる神社ではあるけど、その周りと言えば浪人、無宿者も多くに集まる所だそうだ。
相手が違っていたら騒ぎが大きくなった、危なかったろうと言っておった。
誰ぞ知り合いを探しておいでか?と、大阪の御仁に聞かれたでの。
儒学にも医学にも上方に学びに行った弟子の独り。皆目、今に消息が知れんでの、探しておると素直に答えた。
間違いでも嘘でもないからの。
其方の事情の仔細は話さなんだ、顔は真ん丸。鼻は低いが二重瞼にして切れ長の目、眉は薄く髪は普通に髷、と凡その人相を言うたら、大阪の御仁は、顔は面長、鼻は高く、一重瞼にして目は大きい、眉は濃いと言うではないか。
其方の作った人相書きに似ていはしないか?。
ただ、無精ひげに月代が伸びて陽に焼けた手足、顔をしていた、夏なればつぎはぎのある一重に猿股、草鞋だったと言う。御仁は、姿形からして先生のお弟子さんに非ずと思うと言いおった。
誰ぞの紹介状かその身を明かす物があれば、仕事を探すにも、また、誰ぞの弟子、あるいは何処ぞの奉公人にもなれるが出奔ではのう・・・。
何処に行っても無宿者の扱いじゃろう。
金子を得る方法に限りがあればその生活が知れようて・・・。頼りの一つもあれば、吾も其方も追々に世話をすることも出来るに・・・」
「本当にご心配をお掛けして申し訳ございません。
師の恩、師の心も分からず不肖な弟にございます。申し訳ございません」
先生のお言葉に頭を下げた。
「其方が誤るようなことではない。
それよりも、御仁の言ってることが真なら吾と其方とで大阪、京都にいる知人に、改めて探してもらおうではないか」
帰るこの道々にも、先生のお言葉通り須原屋か、道修町の小西殿の所かと頼む宛先に思案が行く。
何故に出奔した。何故に医学医術の上にも本草学の上でも大変にお世話いただいた恩師に心配を掛ける。何故に年老いた母を心配させる。何故に吾の意見を聞かぬ。思えば思うほどに段々と腹が立ってもくる。
されど、その一方で、「そのような生活が出来ているのは誰のおかげぞ」と言った己の言葉が今は吾の気を重くする。