徹夜に近かった。着の身着のまま後ろにある煎餅布団にひっくり返ったのは窓の周りが薄明るくなってからだ。
吉と陽(陽之助)が眠る寝床に戻らなかったけど、久しぶりに朝から吉の笑い声が聞こえてきた。
「如何した。なんぞ良きことでもあったか?」
「はい。今年の祭りはどうなるのだろうと、お義母様とお話しておりました。
朝餉が出来たと覗かせて頂きましたけど、良くお休みだったので開けた布団を直させていただいて、そっとさせていただきました。
直ぐに(食事の)ご用意いたします」
「うん。先にお茶を頂きたい」
「はい」
吉が土間に立ち、囲炉裏の傍に座る母上に声をかけながら上座に座った。
「母上、今年は神田祭の番ですよ」
「知ってんべ(知っている)。前に一年ごとだと聞いだでの。
去年は山王祭り(隔年で六月中旬、日枝山王権現祭礼)だったから、今年は神田祭(神田明神祭礼)だべ」
「まだまだ先でございますけども、秋の実りが豊作と今からにお聞きしますれば嬉しくもございます。
それで、(祭りに)今年はどんな趣向が下されるかと話していたところでございます」
吉が言う。渡された湯飲みが程よい熱さだ。
「ハハハハハ、祭りは秋ぞ。(当時、神田祭は陰暦九月十五日)。話が早すぎる。
田舎とて、田植えが終わったばかりの頃ぞ」
「はい。その田舎のこともまた、お義母様とお話していたところにございます。
梅も桜も散りはしたろうけども、山という山は新芽が吹いて野も山も、また田畑も緑になった頃かと話していました。
金色に菜の花も咲いていましょう。一関の里の春が思い出されます」
「いや。田舎はこの時期、野も山もまだ土の色が勝っていよう。
田植えが終わって一段落がついた頃か。穏やかな春の陽を浴びながら田んぼの畔に車座になったもんだ。
それで、皆でお茶を啜っていた日が確かにあった。懐かしいの・・・」
チロチロと燃える囲炉裏の火を見ながら、吉や母上に言うよりも自分に言っているようにも思った。
「膳が整いました。お母様も私も使用人も、皆、先に頂きました」
「陽(陽之助)の姿が見えぬが・・」
「お富さんが手を引いて、表に遊びに連れております。
近頃は陽之助の遊びの行動範囲が広がっております。
お富さんもお京も手を焼くほどになりました」
聞きながら吉の顔を伺った。明卿と士業とで調合して届けてくれた薬の効果がでているように思う。
顔が少しばかりふっくらともとに戻った気もすれば頬の色も良い。友は有り難い。
イ 吉の死
水無月(六月)になって十日にもなるか。今年もあちこちの富士山権現で山開き(朔日)の催事が行われていると聞く。
吉も元気にしておれば陽之助もまた遊びに飛び回っているが、吾は机に向かって寝る時を削っている。
食事を摂る時間も不規則なれば決して良い生活環境にあると言えない。
寛政二年も、今も(寛政三年)入塾を申し込んでくる者が居ない。世の奢侈禁止、倹約令の所為と思わぬが吾の予想に反している。だが、少しばかり世に名が知れたとてそれも現実だ。
金がためとはいえ、蘭語の勉強、翻訳を疎かにして版元の望みに応えるは本心に非ず。版元に振り回されてなるものか、