「ところで、士業が心配していた。
あの日、吾はそのまま帰ったけど、士業がここに寄ったろう。
酒の用意をしてきた奥方を見て驚いたと言っていた。
其方に聞かなんだが気になって、心配になってと態々吾の所に来た。
ここの所、楼の方に顔を出して居なかったからの。
吾の所に態々相談に来た。
どこぞ奥方の身体に悪いところでもあるのか? 何なら、吾が今ここで診ても良い」
「・・・、最初は風邪でもこじらせたかと思っていた。
だけど、それが・・・」
「言えぬのか?、口にできないと?」
「正直、何の病か分からんのだ。流行り病(風邪)と思ううておるが」
「熱はどうした、咳は・・、何処ぞ痛いと言う所は・・?」
「卯月半ばのあの長雨の頃からの事なれば流行り風邪、悪い風邪と思っているが・・。
熱は一時高かったけど、今は落ち着いてもおる。
少しばかりの熱を訴えることもあるが、吉自身、少し横になれば元気になるとか言うて・・・。実際、それで元気に使用人と 一緒に食事の支度にもかかっておる。
咳はそれほどに無い。痛みもまた無いらしい。
吾とて医者ぞ。色々と(薬を)調合して見ているが、一向に薬の効果が出ぬ。
吉は江戸に来て三年。見えぬ疲れも溜まったのであろう」
「何の病でも長引くのは良くない。体力が落ちるでの。食欲は?」
「それよ。食欲が薄いとて食が細くなっておる。身体が痩せもする。
元(原因)が確かにあらざれば、ここにきて心配ばかりが先に立ちもする」
「吾に診せよ」
妻を呼んだ。明卿の診察を受けるようにと言った。
明卿が声をかけた。
「奥方、診ましょう」
吉は、笑顔を作りながらに言う。
「有難うございます。されど、私にとって主人は一番のお医者様。
いつでもお側に在って診ても呉れれば、心配もしてくれます。
他人様から見たら、有り難いこと、贅沢なことです。
宇田川様の御好意はしかと心にお受けしますけれども、主人の診察が確かなれば主人の診たてに従いとうございます。
万が一にも、医者の妻がよその医者に診てもらっていたとあれば主人の名に傷もつきましょう」
目の前の事だ。小柄な明卿が目を大きくした。
何も言わなかった。言えなかった。吾もまた吉の顔を見るだけだ。
吉と一緒に見送る玄関口で、明卿が吾の袖を引っ張った。
小門まで一緒に歩く。僅かな間に、明卿が自分の診たてを口にした。
「悪性の風邪が長引く時もあるが、風邪ばかりとは言えぬ。
奥方はふっくらとしていたではないか。それがあの姿形だ。急に痩せたな。
士業が心配していたのも分かる。
あの痩せた姿形から見て、口から腸に至るまでの何処ぞに病を抱えておる。
日頃の疲れだけでもあるまい。
士業とも相談して後で薬を届けるでな。奥方に内緒じゃ」