「ところで、玄良。今日の帰りは何刻になる?。
少しばかり吾に其方の時間を呉れぬかの?」
「はい。予めそのようにお話がございますれば。
(天真)楼の仕事が終わり次第に帰ります。
今はまだ日が暮れるのも早ければ、患者もまた途切れるのが早ようございます。
帰りは六つ(午後六時)にもなりましょうか。夕の膳を頂いた後に、部屋にてお待ちします」
茂槇(陽之助)は、まだゆっくりとお椀に箸を進めている。
先生の所を出るときには六つ半(午後七時)を過ぎていた。
酒席の誘いはお断りもしてきた。吾が飲んで(飲酒して)いては格好もつかぬ。今朝の玄良との約束に急がねばと気が急いた。
玄関を過ぎると、吉のお食事は?の声がかかった。
「先生の所でご馳走にもなった。玄良の部屋に熱燗と、何ぞつまみになる物を頼む」
「(お手)柔らかにの」
何ぞ察したのか、母上の心配するお声を背中に聞いた。
部屋の中は意外なほどに整理整頓されていた。対座すると、そういえば引越しの時以来この部屋に一度とて入ったことが無かったなと思った。
壁を背にして、玄良が普段使っている文机を前に座った。
座る席には来客用にも使う座布団が敷かれていた。吉にでも言って先に準備したらしい。
文机を間にして少し離れ、障子を背にした玄良はいつも自分が使っているらしい座布団に正座だ。
「足を崩して胡坐をかけ。吾も胡坐になる。兄弟の仲ぞ。もっと近く寄れ」
「はい。ありがとうございます」
返事はあったものの姿勢を崩さない。かえって吾の方が戸惑いを感じた。
朝に剃りはしたのだろうけど玄良の口の周りも顎のあたりにも伸びた髭がまばらだ。思わず自分の顎を撫でた。手の平にザラリとした髭の感触だ。
「早や三年になるな。江戸は田舎とはまるっきりに違っておろう。
驚きもしたろうけど慣れもしたか?」
「はい。驚くばかりです。こんなにも世に人がいるなど、思ってもいませんでした」
「勉強の方は如何じゃ」
「はい。先生(玄白)も若先生(伯元、士業)も、先輩諸氏も良くして呉れています。
図書係とてその管理を任される一人になってございます。
医書の多いのにも西洋の書の多いのにもただただ驚いております。
また講義を頂くこともさることながら、先輩に付け、先輩の手先を良くに見よ、先輩に聞くが良いと実際に診療の場で医療技術も良くにご指導を賜っております」
「医療に係る異国の書が、先生の所より多いところは他に無かろう。
これからの医療は専門分野ぞ。前にも話したかの」
「はい。お聞きしました」
「漢方を学んでおる時には真面に専門分野などという考えは無かった。
内治、外治、眼科、小児、産科など西洋の教える医学書が如何にその道の専門家が必要かを教えておる。
己のこれぞと思う医学医術の道を選ぶが良い」
「はい。前にもそのように・・・・。
郷里の先輩にあたる方だとご紹介を受けた東海(衣関甫軒の号)殿が、眼科を選んだのも眼科が世に必要とされている。その治療方法を知らんがために語学、翻訳する力が大切だとのお話にございました」
「図書係とあれば色んな医書に巡り合いもしよう。
己の気に沿って専門分野を決めるが良い。良い環境にあるではないか」
「はい。なれど、前にもお話したように、自分のやりたいことは医学医術以外のこと。
今に進むべき道は医学にあらずという思いを強くしてございます」
去年の暮れのことを覚えている。なればこそ今、今日、この席に在るのだ。 冷静にならねばならぬ。己に言い聞かせた。
「お酒に、少しばかりの物をお持ちしました。入っても宜しゅうございますか」
「入るが良い」
「仰せの通り熱燗にしました。
また、薩摩の松村様から今日に届いた物をご用意しました。文には魚の身の練り物にして、「つけあげ」とありました。
(つけあげは薩摩揚げのこと。元は琉球、中国料理。この後の島津藩第十一代藩主。島津斉彬が江戸に持ち込み、評判となり普及したと言われる)
このままにても、また、焼いても煮ても良いと書き添えてございましたが、
口にするのが初めてのことなれば火を通してございます」
目の前の小皿に載った小判にも似た茶の色をした物に目が行った。焦げ目が付いている。気を散らしてはならぬ。吉が襖戸を閉めて出て行くのを待った。