驚いた。声をかけて迎えに出て来たのは嫁に行ったはずの、あや子殿だ。
「かつての仲間、知人から声があるのは有り難い事よ。お陰で今は、昔取った杵柄で往診に出るようにもなってな、それ相応の暮らしが成り立つようにもなった。
下の子が、まだ五つ(四女、拷子)に三つ(五女、照子)ではの。
まだまだ頑張らねばと思っておる。
源四郎も十四(歳)となれば、医学医術の基本を教えているところぞ。
そのために良沢に達殿の手も借りておる。
また、三女、つね子に縁談話が有ってな。話のあるうちに嫁がせねばと思っておる。
(仙台藩の)奥に奉公に出て、知ることを知ってから嫁いでも遅くはない、吾が松前の奉行にでもなれば良い処から縁談話が舞い込む。そう思って、かつてはあや子の縁談話に耳を貸さなかった。
吾の欲のために、二十(歳)も離れた(三人の)子持ちに嫁がせるなど辛い思いをさせてしもうて・・・。
此度はその反省もしておる」
あや子殿はお茶をお持ちしましたと姿を見せたものの、直ぐに姿を消した。
客の応対に出るほどなれば工藤様がほどに心配することもなかろう。
むしろ、いつも明るくて必ずと言っていいほどにお声をかけてくれている奥方様がお顔を見せない。その方が気になった。
工藤様の方から語りだした。
「遊がこの頃、体調がすぐれぬと言い出しての。
顔の色も少しばかりだが良く見えぬ。
なに、今もあの通りの小太りにあればの、心配もなかろうとは思っておるが・・・。
医者である吾も側に付いておるしの・・・」
語尾は工藤様ご自身、自分に言い聞かせているようにも思えた。
少しばかり笑顔が混じれば、心配するほどのことも無かろう。
「今日は一件、ご報告に参らせていただきました。
先日に玄白先生の所にお寄りしたところ、あの解体新書の改訂を其方がしてくれぬかと命でした。
大変に驚きもしましたが、国の裨益になることとてお引き受けした処で御座います」
「何!。何時までに何処まで翻訳すのか知らんが、それまた大変なことじゃの。
あの通り、原書(ターヘル・アナトミア)は大書じゃ。
一人では出来まいて。誰ぞの助けを得んとな」
「はい。吾が塾生にも、先生が所(天真楼)に来ている塾生にも、これぞと思う者に協力を得よ、手伝ってもらえとのお言葉もいただいております。
士業殿も手伝ってくれることになっております」
「年齢が行っていると言っても良沢は前のこと(解体新書翻訳作成の経過)を良く知っている者ぞ。
良沢にこそ良く相談するが良い」
「はい。そのように思っております」
「達殿(前野良沢の嗣子、良庵)も手伝ってくれよう」
「はい。日を改めてご報告と、ご支援を頂きたくお願いに行く積もりで御座います。
工藤様にも翻訳をしていく中で吾の足りぬ医術の事で教えを乞うこともあるかもしれません。その節にはご指導を頂きたく存じます」
「ハハハ、この老いぼれにも手伝えるところがあるかの?。
そうなれば嬉しいがの。
蘭学の世がこれほどまで(隆盛)になるとは思わなんだ。
其方の蘭学階梯が大評判になっておる。良い話をあちこち、行く先々で耳にするぞ。
今や天文から地理、測量等々、異国に学ぶべきは必定じゃ。
玄白殿が其方にそのように言い出したには今の世の流れもござろう。
医学医術に関わる者とて、学べば学ぶほどに解体新書が教えるところはごく一部と知ろうて。
大役を仰せつかったの。
其方にそれほどの翻訳の力があると玄白殿も認めたことになる。頑張れ」
何時にしようか。良沢先生の所に行く日を思案しながら工藤様の最後のお言葉、頑張れが思い出される。
田舎に在るときにも、何かとあれば皆々が別れ際に、頑張れ、が最後に付いた言葉だったような気がする。
その言葉に今は遠くなった故郷の事にも思いが行く。
もうそろそろに栗の実拾いも、キノコ採りも出来ようか。落ち葉敷く田舎の山間、山道が目に浮かぶ。