「数量」を示すもう一つの文字は亜剌皮亜文字と言うものだ。段々に分かったことだが、ABCD・・の文字も亜剌皮亜文字から工夫されたものだと聞く。船の上の自鳴鐘などに記されているのが亜剌皮亜文字だ。
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、
「配韻」の項には和蘭の文、意味する言葉を口にするのに、二十六文字を二つ、三つ以上組み合わせ(蘭学階梯には連合)音韻を整える。
その整えることを「シルラーベン」と言う。口で説明するだけでは難しいが、初学の皆がなるほどと分かり易くせんがために我が国の五十字音を和蘭文字で書き現してもみた。a、ⅰ、u、e、0、から始めて、ばびぶべぼ、ぱぴぷぺぽ(pa、pi、pu、pe、po)までを和蘭文字で一表にした。(現代のローマ字表記)
「比音」では文字と文字を連合して音韻を為すと分かれば、まずは和蘭文字を使って書いてみよと認めた。和歌の一句にある、「育たぬ里もなし」も和蘭文字で書けば、sodatanu satomonasiだ。
また、「きゅ」、「しゅ」、「むう」などは字の並びの末にw、若しくはeの字がつく。kuw、suw、moeだ。一語ずつ読み、書き、それで覚えるしかない。
「訓詁」では二十六文字も使われる場所、文字の頭に来るのかお尻に来るのか等で読み方が違ってくると書いた。蘭化先生の「和蘭訳文略」を大いに参考とさせていただいた。
首尾にある「b」は「べー」ではない、「ぶ」だ。「f」は「えふ」ではない、「ふ」だ。「p」は「ぺー」ではない「ぷ」だ。sは「えす」ではない「す」と読む。
また語尾にある「C」は「つえー」ではなく「く」、「d」は「でー」ではなく「ど」、「g」は「げー」ではなく「ぐっ」、「t」の字は「てー」ではなく「と」と読む。
和蘭文字はもともと拂郎察あるいは羅甸の語を転用しているとかで、拂郎察あるいは羅甸と似たような用い方らしい。
難しいと思ったのは、「L」と「R」の発音方法だ。聞いて吾自身何度試したことか。それで正しいのか今もって分からない。「L」は舌の頭を歯の後ろ上顎にあてて「ル」と発し、「R」は舌の頭をなぶるようにして発するのだと聞く。教えてもらっても、聞いても実際となると分からない。和蘭人でさえその区別ある発音は難しいらしい。
(現代でも英語の授業等に「L」と「R」の発音方法を習う。既に、大槻玄沢がこの時に蘭学階梯にこの発音方法について記述していることに驚くー筆者)
それで思い出すのは蘭化先生だ。蘭語にガギグゲゴは無い。それを言うのに「ガ」は「Ga」、Gの字を借りて用いるが、Gを発音するには喉より上顎に触るがごとしと先生の和蘭訳の教えの中にある。先生もまた異国の語の発声方法等には苦労していた。
そのことついでに、ある日、先生は何故に蘭化と名乗るようになったのか、蘭学の師成らんとして自らお付けになったのかとお聞きしたら、何、恐れ多くも藩主から頂いた号よとのことだった。
先生は和蘭語の発音、翻訳等の研究に熱心のあまり藩医としての職務が怠慢になった。それで、同僚の藩医が藩主に告げ口した。逆に藩主(中津藩第三代、奥平昌鹿)が、『日々の治療の仕事も大事だが、新しく知る治療の方法が天下後世の世のため人のためになる。その有益なことを為そうとするのも仕事である。まさに翻訳に一心不乱の良沢は蘭学の化け物よ』と言い、それが伝わり聞いて号を自ら蘭化と改めたと語る。
後にそのことを玄白先生にお話したら、然もありなんと玄白先生もまたしたり顔だった。(後に、杉田玄白が「蘭学事始」に「蘭化」にかかる謂れを認めている)
「轉釋」は例をあげて分かるように書いた。和蘭語の成語(熟語、単語)の頭(首)あるいは終わりに「be」や「ver」等がつくと意味することが違ってくる。
例えば、「書く」は和蘭語で「シケレーフ(schrijven)」だ。それが「べシケレーフ(beschrijven)」となれば「書いた」と過去の事になる。また、「コープ(koop)」は「買う」を意味するが、「フルーコープ(verkoop」となれば「売る」になる。和蘭語は元々の一語の頭(首)若しくはお尻(末尾)に添えるものあればその意味を転ずるものが甚だ多い。(カッコ内の英字の綴りは筆者)
かつて、父が藁半紙に書き残した物も如何やらその類だと初めて知った。蘭語を初めて学ばんとする者には難しかろう。まずは和蘭の成語(単語)を学べ。それでおのずと転用、転訳が段々に分かってくると認めた。