五 天明八年の正月

 天明八年(一七八八年)。吾も三十一(歳)。今年に三十二になるか。母は六十、還暦。吉は二十四歳。陽之助((しげ)(えだ))は満三歳、そして陽助は二十一(歳)になるかと数えた。

 去年の夏から取り組んでいた和蘭鏡の加筆修正も何とか年末までに無事に済み、また、皆さんに依頼していた序文、跋文も揃ったとて、「蘭学階梯」と改めた草稿は日本橋も(ぐん)玉堂(ぎょくどう)に無事に届けた。

 それでホッとした所為(せい)もあるが、母上や吉等の初めて迎える江戸の正月とて、着る物にも膳に乗る初料理にも奮発した。

 正月最初の膳は家族に身内の者が勢ぞろいで囲む。先生(玄白)の所でのやり方を真似た。お茶を啜りながら、明日にも浅草寺に家族皆がうち揃ってお参りに行こうかと言えば、母も(よし)も、また陽助も賛成だ。

顔も笑えば目も笑っている。それだけでも家族って良いなと思う。

 母上の突然の涙だ。父上も、そして良く世話をしてくれた治作もこの祝いの膳の席にあったればと語る。父上の墓も、()の墓も、その側に盛られたまだ一年と経たない治作の墓も思い出される。

 慌ただしくお墓参りをした二月(ふたつき)前のことだ。治作さんは天国で花に親子の名乗りをしたのだろうか。一人思いを巡らしていると、治作は米寿(べいじゅ)までもう少しだったと母上の惜しがる言葉が重なった。

 家族、使用人ともども浅草寺にお参りをする日を五日と設定した。今年は玄白先生にも良沢先生にも、また工藤様の所にも昨日(三日)までに新年のご挨拶は済ませた。

 心置きなく明日には出かけられる。天気が良かれと祈る。

 

 門前に母上と、陽(陽之助)の手を握る()の立ち姿を確認するとホッとした。

「待ったか?」

「それほどには・・」

「うん、何よりじゃ」

 揺られているうちに持病の腰が痛くなりはしないかと母上を心配した。また陽を抱えて吉も乗りにくかろうと心配したが、二挺の駕篭は幸いにも何事もなかったらしい。

 ゆっくり進めば良い。陽の手を取って仲見世に入ると、一層に人、人込みだ。真面に身動きが出来ない。分かっていたことだ。

母も吉も、田舎から付いて来た末吉(すえきち)もお(とみ)もお(けい)も、想像もつかない人、人の波に驚いている。

 吾と士業(伯元)殿が初めて浅草見物に上がったとき以上だ。まつ(・・)と二人で正月の浅草寺にお参りをした時と同じ人波だ。

(はぐ)れるなよ」

「ここで逸れだら、(うず(ち))さ帰れないべ」

 日頃無口な一番歳下のお(きょう)が思わず田舎言葉で答えた。私も吉も笑った。なぜかほっとした。

陽(陽之助)を胸に()いた。思ったよりも重く感じるが嬉しくもある重みだ。末吉(すえきち)が前に立って人混みを捌く。お(とみ)()と一緒に母上の手を引いてくれている。

 使用人三人に感謝しながら、一緒に江戸に上って一月(ひとつき)足らずで親戚の家に行ったお(ゆき)を思った。元気にしているだろうか、江戸の空気を吸えるようになっただろうか。

 田舎を出てくるときの親子(おやご)さんの依頼だったとはいえ、また、一緒に暮らした日が浅くとも吾が妹を送り出したように心配にもなる。

 大きな浅草寺を改めて屋根まで見上げた。目の前に特別に大きな賽銭箱が(こしら)えてある。いつからこうなったのだろうと思いながらお賽銭を投げ込み、この年こそ良き年であれ。家族皆が無病息災であれ、五穀豊穣であれと願を掛けた。

 左手に見える五重塔に、こんなにも高かったかと見上げた。

 お参りが済むと、母上も吉も陽助も、お富もお京も末吉も、気にしていた境内の人混みの輪に目を()った。吾から、見ましょうと誘った。

 二重三重に取り巻く人の輪の中に(かざ)(おり)烏帽子(えぼし)素襖(すおう)(素袍)姿で舞扇(まいおうぎ)を持った太夫(たゆう)、その右左に(さむらい)烏帽子(えぼし)()(っけ)(ばかま)才蔵(さいぞう)だ。

才蔵の小鼓(こつづみ)が、「目出たいな、目出たいな」の口上に合わせて時折ポンポンと拍子を取る。正月と雖も、故郷を後にして金を稼ぐためにはと出張して来たのだろう、いや、正月なればこそなのだろう。舞う三河万歳の三人の姿に母上等は目が釘付けだ。

 それから、時折、おーっと言葉にならない声と同時に、笑いと拍手の混じる二重三重の輪を覗いた。黄色に赤の縦線が胸の辺りになる半纏を着た小猿が真ん中で芸をしていた。猿回しだ。側で細い棒を右手にして指示をする男もまた黄色に赤の格子縞の()(っけ)(ばかま)だ。

「猿は田舎でもなんぼ(幾ら)でも見っけど、悪さばかりす(し)て、こんなごど(芸)する猿は初めてだべ(初めて見る)」

「かわいい物ですね」

母上の言葉を受けて、吉が首を縦に振りながら感心して言う。

「仕込めば金になる、そう考えで教え込んだのも、そう気づいたのも大す(し)たもんだ。

畑を荒ら()(おら)の野菜を先に喰う憎い猿だども、こうなっと、銭になんべ(なるでしょう)」

「めんこい(可愛い)ごど」

「んだ。んだ(そう、そう)」

末吉もお京もお富もズーズー弁になっている。

 陽助は無言だけど、目は猿のする一挙手一投足に行ったままだ。

 陽(陽之助)も吾の胸に縋りついたまま顔は猿に向いたままだ。驚いた顔をしている。

 猿は宙返りや、間をおいて置かれた小椅子の間を飛び跳ねる。猿回しの芸をしばし堪能することになった。

やがて小さな鈴と目駕篭を手にぐるりと取り巻く客の側を一回りも二回りも歩く猿に、投げ銭だ。

 

 戻り道にも、仲見世の土産屋や衣装、髪飾り等を売る店に向かって皆の首は長くなる。着飾った人の間から見るだけで、今日はどの店にも寄らない。

 昨日に渡した少しばかりのお年玉だけど、またの日にそれぞれが好きなように使えば良い。少しばかり一家の主の気分とはこんなものかと思う。

 通り過ぎる人、人の波を捌きながら、吾とて一家の主人(あるじ)になったぞーと、叫びたいくらいだ。

「さて、せっかくに来たのだ。美味(うま)い物でも食べよう。

 この先、横に行けば天麩羅屋だ。串刺しで立ち食いだった天麩羅を店の中で座って、天つゆなる物に付けて食べるのを名物にしている。

 先生(玄白)に連れられて一度入ったことがある店だ。

天麩羅は蕎麦にも飯にも合うご馳走じゃ。美味い。皆で喰うぞ」

 帰りも、先に辻駕篭に乗った母上と吉、陽之助を見送った。