「其方の瓊浦紀行の冒頭に芝蘭堂主人と有ったの。あれにも感謝しておる。
玄白や朽木候等の送る言葉や和歌、亡くなった中川(淳庵)や友人の和歌、それに其方の嘘風、種茂の決意、しばしの別れの句等の前に、倅の達と芝蘭堂主人として吾の花向けの言葉を掲げてくれたの。
平助が言っとったわ。阿蘭陀語を学ぶ機会も与えたのもそれを支援するのも玄白なれど、阿蘭陀語の師匠、先生は其方ぞ(良沢のこと)、とな。
玄白殿の手前、名を出さずして芝蘭堂主人と表したのは、世間が噂する吾と玄白殿の間(仲違い)を熟慮した玄沢の発案、褒めるべき工夫じゃとの」
なおのこと身体が熱くなってきた。何もかも知っている。瓊浦紀行の草稿をお見せしたときに、芝蘭堂主人とは誰の事ぞと社中の人々の中で噂されたが、玄白先生も良沢先生も大人の対応なのだ。お二方を思うと、またしても頭が下がる。
蘭学階梯の事もまた今日にはお話しせねばと決めていた。それを口にする前に有難いお言葉を続けていただき、一層に己の顔に血が上る。
「先ほどに吾の和蘭鏡のお話が出ましたけれども、実は今、その和蘭鏡を改訂したもの、より充実した物を「蘭学階梯」と名を改めて発刊する計画に御座います。
お話に御座いましたように医者やお侍様に限らず、商人、職人、農民、蘭語を学ばんとする誰もが蘭語とは何ぞや、それを知ることが出来るようにと、また学ぶ手掛かりとなるように理解できるようにと、蘭学階梯には文の路等を解き表して御座います。
和蘭鏡の序文を過分にも先生に認めていただきながら、蘭学階梯の発刊に当たって、序文を朽木候(福知山藩、藩主、朽木昌綱)と吾が伊達のお殿様(伊達藩、藩主、伊達重村)にお頼みしたところに御座います。
何のお話もせずことを進めていたこと、平に、平にお許しいただきたく存じます」
頭を畳に擦り付けた。
「・・・・」
少しの間の沈黙だったろう。だけど吾の身体中は脇の下といい首回りといい、額といい汗が噴き出した。
「良い、良い。そのようなことを気に病んでおったか。
書の序文の筆耕はその書に相応しき人、その書を大切に思ってくれる人を選ぶが良い。其方の思う所で(人を)選んで御座れば吾が何かと言うことでもない。
それよりも、蘭学カイテイと?、初めて耳にするが、カイテイとはどの字を書く?」
「はい。蘭学を学は異国の言葉の修学でもございますれば、階段や梯子を上るが如しとの思いで一歩一歩進めと、階段の階に、梯子の梯の字に御座います」
「良いではないか。よくぞ考えた名よ。市民もまた相手にしたと分かる名ぞ」
その書が出来た折には、是非に見させてもらうよ。草稿は出来あがったと?」
「はい。既に版元にその一部を回して御座います」
「誰が序文を書いた跋文を書いたとて、一時、少しは世間にも噂されよう。だが、蘭学階梯が世に役立てばよいのだ。
医学、天文、地理、測量、物産等々あらゆることで蘭学が国家の益になる。それを其方が世に知らしめるだけで吾は満足じゃ。
嬉しいことぞ。
年寄りの楽しみがまた一つ増えたの」
「そのような・・・、勿体なきお言葉にございます」
「額の汗を拭きなされ」
達殿が穏やかな声を掛けてくれた。見れば、微笑んでいる。
良沢先生のお言葉が何度も思い出される。芝蘭堂、芝蘭堂、看板が無くても吾等仲間、先輩が良くに学んだ塾、通った塾、そう思うだけで芝蘭堂の名に相応しい貸家を探そう、少しでも良沢先生の住むお屋敷(芝)に近いところに看板を掲げたいとの気がしてくる。
冬の潮風が背中を押すほどに通り過ぎた。八丁堀を過ぎると、目の先に街の明かりが段々に増えもしてきた。
母上や妻子、弟との一緒の食事は嬉しい。啜るお茶とていい香りも味もする。
部屋に戻って机に白紙を広げた、この四日間のことを改めて思う。喜び勇んだ笑顔の松栄も、先生、士業殿、工藤様、良沢先生、皆様のお顔が思い出される。
されど、手が進まぬ。いや、書かずとも良い。頭の中に必ず覚え置かねばならぬが書かぬこととてあってよいのだ。(官途)要録に記すまい。白紙のままで良い。
今年も後わずかか。いろいろとあったなと思いが行く。打ちこわしがあってからは相も変わらず町の木戸に見張り番が立っている。年番名主達の申し合わせで決めたという夜間の外出禁止はやっと解けたものの、くぐり戸を通って往診に行くにも何処に何しに行くと問われることが未だにある。
お上は、米の購入代金支給の政策から転換して、世の中が落ち着いたと見たか米の標準値段を決めた。それがお米の異常な価格の増減、振幅を抑えることに功を奏したようにも思える。
後ろにひっくり返って寝るにも、風邪を引かぬようにせねば・・・。