今日から葉月(八月)。ここ三日、珍しい程に炎天の日が続いている。
花と一緒に川遊びに行くことにした。磐井川の水嵩が少なくなると男児でも褌一つで川に入ることが出来る。奇岩怪岩の続く川下に行けば流れは割と緩やかになる。
その辺りの川の中の大きな石の下に両手を入れればかなり大きなヤマメやオイカワを手づかみで捕らえることが出来る。また、手ぬぐいや風呂敷を手に土手際の川底をすくえば川エビを捕ることが出来た。家に帰ればそれらを焼いて夕餉までの自分達の腹を満たす。
下手な私がやっと一匹目のヤマメを捕まえ土手際に寄ると、花が魚籠を差し出した。すると同時にキャーという悲鳴だ。
逸れた魚籠にヤマメは入らず川の中に落ちた。思わず魚籠を掴んだ私の手に力が入った。それが悪かった。魚籠を手に花が引きずられて川の中に落ちた。
花は川底に尻もちをついて単衣の手足をバタバタする。水嵩が少ないと言っても花の軽い身体は少し川下に流れた。花の差し出した左手を慌てて握ろうとしたけど空振りだ。
すると、少し離れた川下に居た図体の大きい少年が花の身体を掴まえた。魚籠は流れていく。ようやく川の中に立ち上がった花は右手の人差し指を川上の方に向けた。
その先を見ると、鎌首だけを川面から出した蛇が対岸の土手に上がろうとしていた。蛇は私の傍を通ったらしい。少年の仲間らしい二人がその蛇を追う。
「大丈夫か?、魚籠はいつでも作れるさ、捕った獲物は勿体ないけどな」
花を救った少年が言う。間もなく、土手際の草むらを探していた少年の一人だ。
「捕まえたぞー」
蛇の鎌首は親指と人差し指との間で、銅と尾は少年の腕に巻き付いていた。
「怖い」
びしょ濡れの花が私の身の後ろに隠れた。
川の流れの中に突っ立ったままの少年は川岸に声を投げた。
「うまかんべー〈美味いだろうー〉」
土手に上がると、救ってくれた少年は木陰に私と花を誘った。
「単衣もお腰も脱げ。乾かさないとだめだべ」
少年は自分の単衣を手にしていた。褌一つの姿になった。私は驚いて花を庇うような態度をとったけど、少年は花の濡れた身体を他の目から隠すように立った。
「何ボーっとしてんだべ、お前もそこに立て」
盾になれと指示した。花は意外と素直に少年の言葉に従った。目の当たりにまともに花の、母上以外の女性の身体を初めて目にした。自分の顔が火照るのが分かる。少年は自分の単衣を花に渡した。
「何、お天道様(天気)が良いべ。そこの猫柳に(単衣もお腰も)掛けておけばすぐに乾くさ」
花はあちこち継ぎはぎのある単衣の裾を引きずるような恰好だ。
自分の単衣をこそ、花に遣れば良かったと思った。
豊と声を掛けられた少年はそれから仲間と枯れ枝を集めて、石ころの広がる川端で捕まえた蛇を焼きだした。
焼けた蛇を手頃な石の上に載せ、先の尖った石で叩いて細切れにした。
豊に喰うか?と声を掛けられ、貰った一片を恐々口にした。堅い。
花は口にできなかった。蛇も焼いて食べるものだと初めて知った。豊は少年達の親分らしかった。
里の秋は早く訪れる。長月(九月)も半ばを過ぎると途端に肌寒くなる。だけど農作物は収穫期を迎える。私でさえ稲の出来具合が何よりも気になる。
黄金色の田んぼに男も女も手ぬぐいを頭にして働く。皆の笑顔が良い。使用人や出入りする小作人だけでは無い、大槻家は伯父も清雄小父も花もそして父上や母上も私も揃って田んぼに立つ。
この時期、父上は藩に願い出て支障りなければ三、四日お役御免になるのが通例だ。藩にとっても籾蔵米の備蓄のために米の収穫は大事なことだ。
赤とんぼが飛び交う大槻家の十数町もの田んぼの稲刈りには十日ばかりはかかる。うろこ雲が浮かぶ青空の日は寒さを感じるが稲刈り日和だ。朝早くから田んぼに出て、午の刻(昼時)には田んぼの畔にいくつもの輪が出来る。少しばかりの休みの時を談笑し、広げた握り飯と沢庵を互いに口に運ぶ。それがまた格別に美味い。
組んだ丸太や孟宗竹の稲架掛けの時には、喉に自慢の使用人や小作人の唄も出る。中でも私は治作の、田舎なれどもサァーと始まる甚句が好きだ。
私と同じ十(歳)の時から大槻家に奉公に出た、生まれ故郷の南部盛岡藩沢内村の甚句(南部牛追い唄)だと何時か治作自身から聞いた。
稲刈りが終われば揃って畑に出る。長ネギやほうれん草等小さな葉物に甘藷(サツマイモ)や秋大根と白菜の収穫だ。
甘藷は近頃に栽培されるようになったものだと聞く。初夏の頃に収穫する馬鈴薯(ジャガイモ)と同じように煮ても焼いてもホクホクして美味い。甘味は甘藷の方が有る。私の好物だ。
大槻家の中庭に山のように積まれた大根と白菜は冷たい井戸水で次々と洗われる。女子が水を使い、大根は男手で庭に組まれた孟宗竹の櫓に次々と干される。
白菜は女子が塩を振り、男が大樽に漬けこむ。これから一年を通して食べる漬物になる。手伝う母上の手は使用人や小作人の主婦や娘の手と変わりない。
お相伴に預かり、大槻家の夕餉の時に目にする母上の手はあか切れている。痛かろうと思うのは例年のことだ。
夕餉の後の囲炉裏の周りは賑やかだ。使用人も小作人も己の身(身分)に関係なく酒と世間話にしばしの時を過ごす。
伯父も清雄小父もそれを許した。母上も父上も私も大槻家の農作物収穫の繁忙期には数日間の泊まり込みになる。