十二月十三日。木曜日。 初めて血痰を見た。十時前だった。呼吸が苦しいうえに咳
が止らず当てたハンカチに鮮血が残った。きに体が震えたけ
ど何処か心の奥深いところで、神様が待っていると思った。
来た父母に医者から症状が伝えられたのだろうか。父母
は、何もなかったように帰って行った。
俊ちゃんが午後四時を回ったところで来た。何事もなかっ
たように装い、学校での出来事、俊ちゃんの受験対策の進捗
状況を聞き、そして俊ちゃんの胸に顔を埋めた。暖かい胸の
鼓動を聞いた。キスをした。
俊ちゃんは私の食事介助をして六時半に帰った。有り難
う。
十二月十四日。金曜日。 朝は寒かった。これから約一週間はこの冬一番の寒波だと
テレビが伝えていた。父母は何時もの通り来た。黒ずんだ血
痕の残るタオルを母はどう見たのだろう。帰るまで母は涙を
見せなかった。それで良い。
昨日の俊ちゃんの話だと、学校新聞の最終号がそろそろ出
来上がるみたいだ。皆の将来の目標、夢はどう語られている
のだろう。見てみたい。今の私の夢、目標は看護師でも絵本
作家でも無い。
私の夢天国で、俊ちゃんの赤ちゃんを産むこと
十二月十五日。土曜日。 予定外に午前十時過ぎ、俊ちゃんが来た。ちょっとビック
リ。でも嬉しかった。気分転換に外に出てみようという俊ち
ゃんの提案で屋上に行ったけど、薄雲のかかる青空は寒くて
一階の待合室で暖を取って部屋に戻った。
父も、熊谷君も来て居た。母は用事があるとかで来なかっ
た。熊谷君は、ちひろの絵を返しに来た。面会を制限されて
いるので及川君に相談して、今日持って来たという。それで
俊ちゃんが来たんだと分かった。
三階の食堂に昼食を食べに行った二人を思って、友達っ
て、親友って良いなと思った。熊谷君。いつまでも俊ちゃん
の親友でいてください。
夜。痛み止めの薬をもらった。眠れるのかしら。目が開く
のかしら。不安になる。神様、神様。ベッドに横になったま
ま祈る。
日記を書くにも、エネルギーが要ると知った。
十二月十六日。日曜日。 背中が痛い。一日ベッドに横になる。窓から見える外は寒
そうだ。朝方に雨がぱらついたけど青空が見えた。午前にも
午後にも血痰が出る。ナースコールに母は必死だった。泣き
虫の母が涙をこらえているのが分かる。お母さん有り難う。
お父さん有り難う。
十二月十七日。月曜日。 痛みは小休止みたいだ。このまま、このままと一日ベッド
に横になったまま祈る。寒い中を毎日来てくれるお父さん、
お母さん、有り難う。
夜、涙が止らない。自分の心を静めるために祈る。祈る。
十二月十八日。火曜日。 良い天気だった。朝起きて窓の外を見る日が続いている。
生きているのを確かめている自分がいる。
明日の夜、神父さんが来ると言う。有り難う、お父さん。
父母が帰ろうとしていた所に俊ちゃんが来た。
俊ちゃんに弱い自分を見せたくない。けど、一番会いたいの
は俊ちゃんだ。俊ちゃんに掛ける言葉も自分で小さくなった
のが分かる。俊ちゃんの手を握った。キスをした。愛して
る。
横になったまま寝る前に祈りを捧げる。
十二月十九日。水曜日。 一日曇り空だ。京子ちゃん、熊谷君、俊ちゃんが部活の帰
りに来た。学校新聞の原稿が固まったと言う。聞きながら咳
が止らなかった。呼吸が苦しい。ゴメンね、京子ちゃん、熊
谷君。
母が夕食前に来た。俊ちゃんが交代するように帰った。俊
ちゃんに言おうかと思ったけど言わなかった。言えなかっ
た。
母に下着を全部取りかえてもらった。父が神父さんと管区
の何とかさんと一緒に来たのは午後七時に帰った。言う通り
にして洗礼を受けた。感謝。感謝。八時前に神父さん達もお
父さんも、お母さんも帰った。
穏やかな気持ちになる。不思議だ。ベッドに横になったま
ま祈りを捧げる。
十二月二十日。木曜日。 今日も曇り空だ。時折雨が降る。今日は寒いと父が言っ
た。
洗礼が受けられて良かったという私の言葉に、母が泣いた。
帰りに俊ちゃんが来た。俊ちゃんが優しい目で私を見つめ
る。父母が居ても、愛してると言う俊ちゃんの言葉に手を離
しがたい。有り難う。俊ちゃん。
俊ちゃんが帰った。間もなくお父さん、お母さんが帰った。
私の命は何時まであるのだろう。祈る。祈る。
十二月二十一日。金曜日。午前七時二十五分。美希、死。合掌。(筆跡が違う。美希
の父の字)