十二月 五日。 水曜日。 再入院。父も母も朝から口数が少なかった。
家に居る間は無かったのに、病室で母が涙を見せた。
看護師のお帰りなさいが虚しく聞こえた。帰って来な
い方が良いのだ。元気で退院出来ている方が良い。
声に出来ない私の心の叫びだ。
俊ちゃんが学校の帰りに寄ってくれた。会いたかっ
た。今日も一日、待ち遠しかった。抱擁とキスで甘え
た。
でも俊ちゃんは受験生だ。勉強に集中して欲しい。週
一、木曜日以外はお見舞いに来なくて良い。学校の帰
りに寄らなくて良いと私から提案した。不満な顔を見
せて、学校のある日はちょっとだけでも会いに来るよ
と言った俊ちゃんも、最後は火、木で約束した。
週二、寂しい約束だ。
十二月 六日。 木曜日。 愛ちゃん、優子さん、哲君、俊ちゃんが学校の帰り、
一緒に見舞いに来てくれた。岩城先生からは金、土、
日の三日間に限ってお見舞いが出来ると伝えられたけ
ど、用事があるとかで、三人は今日寄らせてもらった
と言う。それで父が先生に頼んだのだと分かった。
悲しい告知だ。自分の死が近いのだろう。知らなけ
れば良かった。
来て呉れた三人に感謝。感謝。有り難う。
俊ちゃんも一緒に帰った。
十二月 七日。 金曜日。 今日は管区の講話が千厩の教会で開かれるはずだ。
牧師さんが来る。父に、私が洗礼を望んでいると申し
出るよう頼んだ。父は驚いた顔をしなかった。反対し
なかった。黙って首を縦にして頷くと、千厩に行って
来ると約束してくれた。
学校の帰りに翔子ちゃん、浩美ちゃん、ゲンちゃん、
農業科の山田君がお見舞いに来た。ゲンちゃんと山田
君が仲が良いのが分かった。
ゲンちゃんが、何か一席やろうかと言ったけど、私
が体調が良くないから勘弁してもらった。及川君がこ
の後来るのって聞かれて、今日は来ないと言ったら、
来るぞ、来るぞ、お呪いだと笑わせる。
人の恋路をジャマする奴は馬にケられて死ねってね。
さあ、帰ろうと、皆を誘って帰って行った。面白い。
笑えた。有り難う。感謝、感謝。
俊ちゃんは来ない。
十二月 八日。 土曜日。 小春日の天気だ。窓から見える青空がキレイだ。十
時頃、熊谷君が一人で、小さな白いシクラメンの鉢を
もって見舞いに来てくれた。何処で都合してきたのだ
ろう。古城巡りのときと同じように熊谷君の気配りを
感じる。有り難う。ちひろの絵、もう少し借りてるね
と言う言葉に、頷いた。
私が昼食を食べ終わったばかりの所に柔道部の五人
が来た。部活の帰りだと言う。ベッドの周りを囲む五
人に私はさながら子羊だ。病室がトタンに狭くなった。
でも、体に似合わず言う言葉は優しい。早く元気にな
れよ、肉を食べろよ、スクワットで体幹を鍛えておけ、
いつでも歩けるからと言う。大将の小野寺君、副将の
三浦君、そして金野君、佐々木君、畠山君、有り難う。
少し元気がもらえた。
俊ちゃん、どうしているだろう。
十二月 九日。 日曜日。 昨日と打って変わって寒い一日になった。それでも
梨花ちゃん、京子ちゃんが十時半に見舞いに来た。ポ
インセチアの鉢を持って来た。窓辺に置いたシクラメ
ンにポインセチアを並べると、クリスマスが近いねと
クリスマスの話になった。一年前のイヴの夜に京子ち
ゃんの家に三人が集まった時の話で盛り上がった。今
年はダメでもクリスマスは毎年有るよと京子ちゃんが
言う。早く元気になってねと二人が言う。有り難う。
感謝、感謝。見送ろうと、ベッドから下りようとして
背中に痛みが来た。ベッドに座ったまま見送った。
昼食を食べていたら、陸上の佐藤君、恵理ちゃん、
続いて卓球部のキャプテンの美貴ちゃん、知佳ちゃん、
麗奈ちゃん、佐藤君、高橋君、二階堂君が来た。八人
も揃った。皆、午前中の部活の帰りだと言う。病室の
中は一杯だった。励ましの言葉に頷いた。
元気がウラヤマしい。日記を書きながら、一人一人
の顔が浮かぶ。忘れられない。有り難う。皆が帰りに
食べて帰ると言っていた双見屋のラーメンの味を思い
出した。いつか俊ちゃんと二人で食べた事もある。
俊ちゃんに会いたい。
十二月 十日。月曜日。 今朝は冷え込んだ。朝に雨がぱらついていた。時折、
呼吸が苦しくなる。その度に看護婦さんを呼んだ。腰
の痛みも背中の痛みも呼吸の苦しさも父母に見せない
ようにしてきたけど、今日はダメだった。父はオロオ
ロし、母は背中をさすりながら泣いた。自分でも何と
かしてと叫びたくなる。痛み止めの入った点滴で抑え
てもらった。夕方、病室を出る父母の姿が淋しそうだ
った。
夜七時前、岩城先生が来た。大安の日だと言う。昨
日までの三日間を避けて、わざわざ今日の日に来たと
言った。皆が待っているぞと言った。
先生が帰った後、涙が止らない。
俊ちゃん、助けて。会いたい。あんな約束しなければ
良かった。
十二月十一日。火曜日。 ウトウトしては目が覚めた。何なのか分からない夢
を何度か見ていたような気がする。昨日よりも今朝は
冷え込んだとテレビが伝えていた。
日中は痛みも呼吸が苦しくなることも昨日ほどにな
かった。はれ物にでも触るように優しくしてくれる父
母に、心の中で詫びた。
午後四時を回ったところで俊ちゃんが来た。父も母
も有り難うと言うと、帰宅の途についた。俊ちゃんが
顔を見せる日は父母が先に帰っていることに気付いた。
いつからか父母は、俊ちゃんと私の二人だけの時間を
意識的に作っていた。有り難うお父さん。有り難うお
母さん。俊ちゃんが、この世で、世界で一番私の愛し
い人、愛する人です。
食べさせてと甘える私の食事介助をして、俊ちゃん
は七時前に帰った。待ち焦がれて会ったのだ。
お休みのキスが余計に嬉しかった。
十二月十二日。水曜日。 抗がん剤の点滴が始まる前に父母が来た。心配そう
なお母さん。口数が少ないのは何時ものことだけど無
言のお父さん。二人を見ていると、私の方が、しっか
りしてねと声を掛けたくなる。
点滴は無駄だと私は思う。でも、それが父母の安心
に、気休めになるのならそれでも良い。気持ち悪くな
るのも倦怠感が襲ってくるのもガマンする。ガマン出
来る。でも、抗がん剤の点滴よりも、私には痛みを止
める薬の方が良い。痛みや呼吸に苦しむ自分を父母に
も俊ちゃんにも見せたくない。
俊ちゃんは今日は来ない日だ。体調が悪い。