「食事やよさこいソーランの演舞に行くのに廊下を通り抜けにくいほど人が一杯だったねと梨花さんが言い、美希さんが、写真を見ながら古城のことを聞く人が多くいた。

 嫁に来る前の町にこんな城があったなんて知らなかった。よく遊んだ場所なのにこんな歴史があった所だと知らなかったと驚く人も居たと語った。

 京子さんは寄席も人気があった。将来の夢、目標って一番実現しそうなのはゲンちゃんじゃない?今からサインを貰って置いて何時(いつ)かお宝探偵団に出してガッポリもうけようかしらと言って皆の笑いを誘った。

 私は美希さんが皆の話の輪の中に入っていられるのが嬉しかった。それから昼食の段になって、京子さんと梨花さんが小母さんを手伝った。座卓の上にランチョンマット、ナイフ、フォーク、調味料のソースとマヨネーズ、大根おろしが置かれると、ご飯を盛った皿も汁椀も京子さんと梨花さんが運んできて配った。

 二人が次に現れた時にはそれぞれが大皿を両手にしていた。後に続いた美希さんも大皿を一つ抱えていた。大皿一つにはステーキが乗り、レタス、人参の甘煮、ポテトフライ、飴色に炒めた玉葱、確か煮たインゲンが添えられていた。ステーキは湯気が立ち牛肉の香ばしい匂いを漂わせていた。

 皆が着席した所で美希さんが前沢牛ですと言った。三人は驚いていた。私はあの朝に先に彼女から聞いて驚いていた。

美希さんが、焼き方がミデイアムで良かったかしらと言った。あの当時の私には、ステーキの焼き方にレアとか、ミデイアム、ウェルダンの方法があるなんて知らなかった。

 知ってる?、焼く肉の内部の温度が低いのがレア、次がミデイアム、高いのがウェルダン。レアが生肉って感じかな」

「言葉は知ってる、だけど、聞かれて明確には答えられない」

百合さんが笑みを見せながら首を縦に振った。山口君はいつもミデイアムだね、とすまし顔だ。

「あの時、梨花さんが京子さんに何?と聞いていたから彼女達も知らなかったと思う。美希さんは、旅行では食べられなかったけど古城巡りの延長の思い出の一つに加えて貰おうと思ったと言った。少しの間、沈黙の時が流れた。

 それを破ったのが京子さんだった。よーし、食べるぞ。美味しそう。お言葉に甘えていただきまーす。そう言って笑顔を作った。それから皆の食事が進んだ。

 京子さんの一言、美味しかったに皆が黙って頷いていた。美希さんの目の前の皿も全部食べられていたね。それを見てホッとしたと言うか、嬉しかった」

 

 その後、京子さんが個人的に買ってきたというショートケーキに、小母さんが淹れてくれたでコーヒーでまたキャンプの話や文化祭の話から話題が飛んで、残り三ヶ月余りになった高校生活に、卒業したらどうなるんだろうと話が進展した。

 私は世界を股に駆け巡る商社マンも良いと言いながら歴史文学に今一番興味がある、余り知られていない日本の歴史、偉人の発掘も良い、受験が目の前なのに進路に少し迷っている、W大学の政経学部か文学部かどっちかだと言った。

 岩城先生に聞かせて貰った吾妻鏡、葛西一族の滅亡が自分の進路選択の考え方の根底にあると言った。京子さんは何故か政経学部にしなさいと言って、自分は看護師に夢を語った。仙台に行くと言った。

 梨花さんは、少子化で採用枠がどうなるか分からないけど小学校の先生になるつもりだと語った。東京の大学を選択すると言った。熊谷君はやっぱり医者だろう、岩手大学医学部だろうと彼が何も言わないのに皆が口を揃えた。

 

「食後、ショートケーキに、小母さんが淹れてくれたでコーヒーでまたキャンプの話や文化祭の話になったけど、話題が飛んで残り三ヶ月になった高校生活に、卒業したらどうなるんだろうと話が進展した。

 美希は絵本作家よね、と京子さんが彼女の夢、目標を口にした。学校新聞に載せるアンケートの回答を念頭に置いていたのは間違い無い。回答で初めて彼女の目標を知ったのか、それ以前に聞いたことがあったのか私には分からない。

 美希さんは、私があこがれる絵本作家はいわさきちひろさんです、と言った。聞いた三人は誰?って感じだった。

彼女は今ここに、いわさき(・・・・)ちひろ(・・・)の絵がある。熊谷君の妹さんに見せて欲しいと頼まれて、さっき持って来た。後で持って行って貰うけど、見る?と聞いた。見る、見る。京子さんも梨花さんも当然のように返事をしたね」

 

 あの時、梨花さんが座卓の上のコーヒーカップも小皿もフオーク等も角盆に片付けて、丁寧に卓上の汚れをテッシュで拭き取った。

 絵は縦に三十センチ、横に二十五センチ程の色紙大だ。二枚とも別々にセロファンと白い厚手の和紙に包まれていた。美希さんは二枚とも熊谷君に最初に渡した。

 彼は、「水仙のある母子像」と書かれた和紙を開いた。私は前に見ていたけど、彼の方に頭を寄せて二人で観た。

水仙の咲く花の中で赤ちゃんを胸に抱き、優しい眼差しで見つめる母親の絵だ。私はそれを見ながら緊張した。前に見たときと違って、あの時、美希さんが赤ちゃんを抱いているように思えたのだ。

 

「見せてくれたのは二枚の絵だった。彼女は最初に熊谷君に渡した。「水仙のある母子像」とある絵だった。

待ちきれないかのように、見せて、と京子さんが座卓越しに手を出した。梨花さんも顔を寄せ一緒に絵を見て、素敵と言った。京子さんが声も無く頷いていた。

 もう一枚は「指切りをする子供」の絵だった。仲良しなのだろう男の子と女の子が草花に囲まれた真ん中で向かい会い、何やら約束の指切りをしている。見る人が素直になれるような絵だ。梨花さんも京子さんも、見せてとまた熊谷君を急かした」

 

 梨花さんが二枚の絵を和紙に丁寧に包み直して美希さんに返した。凄い。欲しくなる絵ねと言葉を添えていた。京子さんも見ているだけで心が洗われると言った。

 彼女はそれをビニールのかかった水色の紙袋に戻すと、改めて熊谷君に渡した。彼は大切に扱うように妹に言うよと言った。私はそれを聞きながら「水仙のある母子像」の美希さんをまだ思っていた。

 熊谷君は良いタイミングと判断したのだろう、誰の顔も見ずに、そろそろお(いとま)しようと言った。

 

「腕時計はもうすぐ午後三時だったね。熊谷君が良いタイミングと思ったのか、その絵をしまい込んだ紙袋を手にして、美希さんの方を少し見ながら、そろそろお(いとま)すると言った。

 座椅子に座ったままの格好が美希さんの身体にどれぐらいの負担になっていたのだろう。私は彼の提案に黙ったまま頷いた」

 

 表に出ると彼女と一緒に三人を見送った。三人は坂を下って県道に出るとバイクを一旦停めて振り返り、手を振った。どんよりとした冬空と寒気の中だった。

 

「その場に居ないから分からないけど、聞いていた話からすると美希さんの身体は限界だったと思う。熊谷さんは正解ね。

ちひろの絵か。良いわよね。あのぼかしで書かれた絵って素朴だしメルヘンもあるし常に何処か郷愁がある」

「駅の大きな広告板で見たと言うとまた叱られそうだけど、コピーでもあの絵を前にすると素直な気持ちと言うか、何かそんな感じにさせられる、不思議なんだよなー」