六 文化祭二日目

 文化祭二日目。午前十時を過ぎたばかりの頃に、明子が熊谷君の弟の篤君、妹の由美さんと一緒に来た。三人は中学のテニス部仲間だった。

 他の来場者も二階に上がってきて、たちまち姓のルーツや秀吉軍に対抗する葛西一族の陣割等の辺りに人だかりが出来た。そこから離れた篤君が私の所に来て、凄いですね。この町の戦国時代の歴史なんて初めて知りました。葛西晴信なんて知らない、と驚いていることがよく分かった。

 寄って来た由美さんが私に挨拶をすると、十時四十分からゲンちゃん寄席だと急かした。未だ何か言いたそうだった篤君はそれで離れて行った。

 古城巡りの写真を篤君は見ていたけど、明子と由美さんはすぐに美希さんと話し始めた。後で聞いたけど、彼女は由美さんから、いわさきちひろの絵を見せて欲しいと頼まれていた。明子が何時か絵のことを話したのだろう。彼女は見せる約束をしていた。三人は寄席教室に入って行った。

 

 京子さんのご両親が展示物を見始めたのは十一時半頃だった。古城巡りのキャンプではお世話になってありがとうと挨拶された。凄い人だかりだね。なかなか前に進まないよと言った。そのお二人に茶道教室から出て来た京子さんと梨花さんが合流して豚汁とおにぎりを食べに行ったのは十二時十五分頃だったと思う。

 熊谷君のお母さんや佐々木愛さんのお母さんも昼時間に観覧していた。午後一時を過ぎて音楽担当の高橋先生が見始めた。

先生は小柄で人だかりの出来ているところでは後ろからは見えない。辛抱強く前が空くのを待って丁寧に展示物を読んで、それから資料を見て次ぎに進んでいた。先生達の中で一番時間を掛けて読んでくれていたのを覚えている。

 

「文化祭二日目。前日より天気は良かったけど寒いのは同じだったね、日記に朝の気温三度とある。

あの日は、熊谷君も私も美希さんも昼食を摂っている時間が無かった。

 混雑が一段落したのは午後も一時半過ぎだった。熊谷君が私のところに来て、最後の寄席が始まるので「時そば」を聞きに行って来ると言った。

 腹が減っていたハズだけど、食事より演じるゲンちゃんとの約束を優先させていた。その寄席教室が終わって二時過ぎに出てきた彼が、面白かったと言いながら私と美希さんに食事を摂るよう言った。

 彼が食事をしたのはその後だから二時半頃だったろう。お父さんが来るハズだと聞いたので、見掛けたら呼びに行くよと言った。

 音楽教諭の高橋先生が美希さんと何か話をしていた。午後一時を過ぎてから展示を見始めた小柄な先生は、人だかりを避けながらやっと写真のあるところまで進んだらしかった。

 

 実際に熊谷君のお父さんが姿を見せたのは三時近かった。彼も食事を終えて二階に戻って、自分の持ち場に居た。あの時間には展示物の前に立つ人も廊下を行き交う人も大部減っていた。私は、彼の力作だっただけに人だかりが出来ている場面を見て欲しかったなと思ったね。

 来場者の質問もなかったから熊谷先生の姿を見るとはなしに目の隅に置いていた。文面を読み、置いてある資料を良く見ていたけど、不意に展示物の終わりの方に行って古城巡りの写真を見始めた。思わず椅子に座っていた美希さんの側に行った。

 熊谷君のお父さんだと知らせた。熊谷君が寄ってきて後ろから声を掛けた。彼は、今回の展示作品の作成仲間であり、古城巡りとキャンプに同行した仲間だと私と彼女をフルネームで紹介した。

 準が何時もお世話になっています。これからも宜しくお付き合いくださいと言って握手を求められたのには私も美希さんも驚いた。

 熊谷先生はその後も一枚一枚写真を見て説明文を読んでいたけど、開催時間終わりのキッカリ午後三時半に二階を下りて行った。

 後日になって熊谷君から、父は時間内に展示物を読み切れない、文面は準にUSBを借りて読めば良いと咄嗟に判断して写真の方に回ったと聞いた。

 その熊谷先生にまさか美希さんのことで相談することになるなど、また、私の進路選択にも影響して来るなど、あの時点で思いもしなかった」

「美希さんのことで相談となると、文化祭の後に美希さんに異変があったということになるわね」

「そうなんだ、高校生の私には想像がつかない、丸っきり思いもしていなかったことだった」

「がんの転移、疾病(しっぺい)の重症化だね」

「そのことは次に話すとして、サイカチ物語だ。熊谷君のあの展示は町の隠された歴史を今に伝える、葛西時代が四百年あった事を生徒や町の人々に伝える目論見だった。学校新聞に掲載しなくても彼はその目的を達成していた。展示は成功だったね」

「そうよ。今まで聞いていて私もそう思う」

百合さんの言葉に山口君は黙って頷いた。

 

 あの日、文化祭の片付けに入ったのは四時に少し前だったろう。梨花さん京子さんも手伝いに入って、丁寧にはぎ取った展示物を段ボールに収めた。

 ガランとした廊下は嘘みたいに殺風景になった。照らす天井の照明がいやに明るかった。窓の外は真っ暗だ。急に外気の寒さを感じた。

 机を教室に戻す作業も掃き掃除も終わると、腕時計は四時半を指していた。私は改めて熊谷君に成功おめでとうと言った。前日同様に皆でハイタッチをした。

 私は展示の成功に満足感もあったけど、同時に一抹の虚しさを感じた。来年は高校自体も無い文化祭もない。皆がどんな道を歩き出しているんだろうと思った。藤高新聞の将来の夢、目標のアンケートに京子さんは看護師、梨花さんは小学校の先生と回答していた。 

 岩城先生の所に報告と挨拶をして帰ろうと階段を下り始めた時、私は熊谷君を呼び止めて、美希さんの回答を絵本作家に変更するよう、そっと頼んだ。驚いた顔をしたけど、彼は無言のまま頷いた。

 

「一階に下りると、農業科の生徒がまだ後片付けをしていた。私達五人は揃って職員室を覗いた。

熊谷君が代表して、二階は掃除も終わり全て片付けが終了しました。各教室も廊下も消灯、点検を確認してきましたと机で何かしていた文化祭担当教諭だった教頭先生に報告した。

 その後に、岩城先生の所に行った。熊谷君がご指導ありがとう御座いましたと言い、四人が揃って有り難う御座いましたと唱和した。

 彼は借りた資料は休み明けに確認してお返ししますと言った。先生は頷き笑顔を見せながら一言、良かったよと言った。 

隣に席のある高橋先生が、凄く評判が良かった。父兄も生徒も相当興味を引かれたみたいで人だかりが幾つも出来ていましたねと言った。そして、読んで分り易かったし、知られていない町の歴史を掘り起こして伝えたってこと素晴らしいですよ、感心しましたと言った。

 私達は揃って今度は高橋先生に有り難う御座いますと頭を下げた」

「高橋先生って、良い先生」

 

 廊下に出ると熊谷君の顔が見るからに紅潮していた。高橋先生の言葉は私達も嬉しかったけど彼は殊更に嬉しかったと思う。私達は前日と同じように駐輪場まで一緒だった。 

月曜日は振替休日になっていた。火曜日に又元気に会おうと約束して、さようならの言葉を交わした。私は美希さんを家まで送り届けて、彼女のご両親に文化祭に来て呉れたお礼を述べて家に帰った。