五 文化祭初日

「二人の高校の文化祭って、どうだった。思い出に残るものは?」

「私はやっぱり飾り付けと音楽部とダンス部の発表ね。運動部系の部も含めて各部が自分の部の宣伝もあって割り当てられた教室等を思い思いに飾り付けるでしょ。あれが良い。普段見ている校舎があの時ばかりは別のものに違って見える。

 美術部、華道部、書道部など文化部はその名のまま作品の発表会だから張り切って作品を飾るし、音楽部は九月の定期発表会、十一月の文化祭は町の人々が待っているほどの演奏会だった。

 ダンス部も文化祭が自分達の練習の成果を町の人々に見てもらう一つのチャンスだった」

「私の所も男女共学だからいろんな部があったよ。文化祭が文科系の部の発表の場の一つだったね。放送部なんかはその時に張り切ってPRしていたよ」

「十一月二日、文化祭初日。金曜日。この冬一番の寒さと日記にある。(人口の)過疎化によって町自体の催し物が年々消えていく中、高校の文化祭は町の人々にとって楽しみの一つだった。

 見に来る人達は農業科の安くて採りたての新鮮な野菜の即売に期待する、また昼時間中心に販売される豚汁と新米のおにぎりを食べに来る。豚汁一杯が百円、海苔に巻かれたおにぎり一個も百円だった。

 各部の飾り付けや発表物の中でも、あの年に特に目立ったのは熊谷君が出展したサイカチ物語と題した発表物だった。

熊谷君は隠された郷土の歴史を伝えたいと、葛西一族の鎌倉時代から豊臣秀吉の奥州仕置きで没落する、伊達政宗の謀略によって葛西一族が再興できなかった経過を巻物風にして二階の廊下に張り出した。

 その長さに先ず驚かされたよ。A三判五十二枚をセロテープで繋ぎ合わせて横に長くしたものだった。展示物は、今、君達が目の前にしているアルバムの写真の通りだ。

 日記にあるね。展示物の活字の大きさ三十六ポイント、MSゴシック、一行二十文字、横に十五行。A四判に印刷したものをA三判に拡大コピーして五十二枚の裏面をセロテープで貼って繋ぎ合せている。

 文案の作成も活字の大きさも全て熊谷一人のアイデアだ。読む人の視覚を考慮して活字の大きさ等を決め、印刷の段階で拡大したと言っていた。縦に約三十センチだけど横に実に約二十二メートルにもなる。丸めれば巻物だ」

「凄い労力とアイデアね」

「やろうと思えば何でも出来る。若さ、情熱だね。熊谷さんという人がどんな人か、大体想像がついたね」

「彼は、貼り出した文面に合せて、その側に置いた机に文面を裏付ける関係資料やコピーを置いていた。

 巻物の最後のところにサイカチ物語の作成者として普通科三年、熊谷準、及川俊明、千葉京子、高橋梨花、佐藤美希と五人の名前が記されていた。俺達には思ってもいなかった事だった、と日記に書いている。

 また、巻物とは別にして俺達がツーリング、キャンプに行ってきた写真、関係する土地を見に行ってきたと二十七枚を貼り出していた。人物が被写体に入った物はカットしていたとある」

「及川君や美希さんはどうしたの、実際は手伝ったの」

「美希さんと私は文化祭前日に廊下への張り出しと、当日二日間は生徒や町の人々への説明、案内役として手伝った。

梨花さんと京子さんも展示物の作成、張り出しを手伝っていたけど、文化祭当日は自分達の関係する茶道部の催し物への参加とか、講堂での合唱曲とよさこいソーラン発表優先で説明役等をする余裕はなかった。

 その写真、見て分かるかな?、展示物は来場者が読み易いようにと床から百三十センチを下限として廊下の外窓の側に張り出した。

 展示物の下に机が写っているだろ。書いた内容に合せて関係資料等を置くためにズラーッと三十個の机を並べた。普段自分達が使っていた教室の机だ。

 高さ七十センチ程で資料等を置くには丁度具合が良かったね」

 

 あの日、自分の部屋の窓からみても風が吹き、雨が降り出しそうな曇り空だった。どのくらいの人が来て呉れるのか来場者の数が気になった。

 展示は二日(金)、三日(土)とも午前十時から午後三時半まで。農業科の安くて採り立ての野菜の即売は十時からだった。

来場者が多い時間帯はやっぱり昼食時間だった。お目当ての豚汁と新米のおにぎりを食べてから文化祭の展示物を見て廻るか、先に展示を見て、おにぎり、豚汁を食べて帰るかだ。どっちのパターンでも最後は農産物即売会場を覗いて欲しいものを買って帰る。

 あの日も彼女と一緒に登校した。生徒は何時もの授業がないだけで文化祭開催日も休みではない。自分の教室が文化祭用に使われているので思い思いの時刻に登校する。出欠確認はなかった。多くは一般の方の来場の前に一通り文化祭の飾り付け等を見て歩く。何か役割のある生徒は、その後に持ち場に着いた。

 私と美希さんは、一階の会議室や教室が農産物の展示即売会場や豚汁を提供する臨時食堂に変わった飾り付けを見てから二階に上がった。

 すぐに目に付いたのは熊谷君が出展したサイカチ物語だ。前日の夕方六時頃まで展示作業を手伝った。熊谷君が咳き込む彼女を心配して、風邪じゃないか?後は俺達でやる、送って先に帰った方が良いと言った。私と彼女は完成した所を見ていなかった。

京子さんと梨花さんは作業が終わるまで手伝ったハズだ。何しろ広げてA三判五十二枚を横に長く展示する作業は半端じゃなかった。

 貼り出した文面に合せてその側に机を置いて関係資料やそのコピーを揃えて置いた。その後に、続けて写真を真ん中に添付したA四判二十七枚を三段重ねに横に貼り出す作業も大変だったと思う。私と美希さんが帰った後もかなりの時間と労力を要したハズだ。