私も熊谷君もバタ材の追加の手を休めて舞台に注目した。美希さんも梨花さんも京子さんも愛さんも縄文の炎に遮られることなく踊るところを見ることが出来た。後列で大旗を振る哲君も良く見えた。

 岩城先生ご夫妻が私と熊谷君の後ろに立ったのに気づかなかった。私の真後ろで美希さん頑張ったわねと言う声に驚き、振り向いて先生の奥様と分かった。

 挨拶しようとしたら右手で私の発言を抑えた。そして一言、見ましょう、と言った。奥様はその間も特設舞台から目をそらさなかった。先生も踊る美希さん達を見ていた。あの時、私は急に涙が出そうになった。若年性乳がんに冒された少女が踊っているなんて知っている人はこの会場に何人いるだろう。そう思うと縄文の炎の先に見える特設舞台が霞んだ。首に回した手ぬぐいで汗を拭く振りをした。

 必ず見に来て下さいと誘った京子さん頑張っていると言わず、会ったこともない美希さん頑張ったねって言った。奥様は美希さんの病気の事を先生から聞いていたのだろう。良く揃っている。皆若い、エネルギーが有り余っている感じと言った奥様の感想に、いつもは饒舌な先生が首を縦に振るだけだった。

 先生ご夫妻をあの場に案内したクラス仲間の畠山佳奈さんも一緒に演舞をみていた。先生達が帰るときも佳奈さんが先に立っていた。

 

「舞台での各団体等の演技の披露は例年、大体が午後九時か、九時半までだ。その後、いつも夜も十一時頃までは縄文の炎を囲み、大きな輪になった町人参加、他所(よそ)から見に来た人たちも交じっての盆踊りが繰り広げられる。

 それから、翌朝に焼き上がった作品の審査が行われる。あの年は自分も藁焼き、窯焼きも手伝ったこともあってそれまで気にしたこともなかった塩野半十郎大賞や町長賞、岡本太郎特別賞、池田満寿夫特別賞などを誰が手にしたのだろう、手伝った窯から受賞作品がでたのだろうかと気になったね」

「あら、そういう賞があるの?。出品する人達の励みになるわね。野焼き祭りが続く一つの根拠じゃない」

「ネームバリューのある賞だね。受賞した人は自慢できるよ」

「今も、賞はあると思う」

 

 あの年も彼女達の二十分間の舞台が終わった後、町民一般参加の盆踊りが始まった。大きな踊りの輪が縄文の炎と十四基の燃える窯との間に出現した。よさこいソーランを踊った衣装のままの九人の姿もその中に有ったけど、抜け出した美希さんが私の所に来て、帰る、明日連絡すると言った。ご両親と会場出入口に向かった彼女の姿を目で追った。

 十一時を過ぎて盆踊り終了と各窯の火落しがアナウンスされた。出来た作品は表彰されることは知っていたけど、窯の中の作品がそのまま翌朝まで放置され自然に冷やされていくのを待つのだと初めて知った。

窯出しが翌日の朝の七時半から、審査開始が午前九時から予定されていた。窯出しも、審査立ち会いも表彰式も野焼き祭り実行委員会に関わっている熊谷君のお父さん達の仕事だった。

 

            二十 古城巡りの思い出

「二泊三日のツーリング、キャンプ。その時のエピソードというか、面白かったこととか印象に残ったことも聞きたいね。

医者を目指したキッカケ、動機から外れるかもしれないけど、及川君の田舎、親しかった仲間をもっと知りたくなったよ」

「百合さんの手元にある日程表、それに沿って話すよ」

「ああ、良いね」

「・・・少し休憩しましようか」

 話の区切りが良いと思ったのか百合さんが休憩を口にした。目の前のテーブルにはコーヒーカップ三つが空のままだ。

「うん、良いね。休憩しよう」

「お茶、コーヒーと来たから今度は紅茶にする?、それで良い?」

「うん、良いよ」。

 私より先に山口君が応える。二人の会話の成立に、間もなく二人で家庭を作るんだものなァと改めて思う。

ガスコンロの上に薬缶を掛けて、百合さんが隣の部屋に行った。

 

「開けちゃってるけど、クッキーがあるわよ」

 戻ってくると菓子袋を手にしていた。

 食器戸棚から取り出した小皿に五、六枚乗せてテーブルの上に置く。各自専用のティカップも置かれた。百合さんがインスタントの紅茶パックをカップに入れると、山口君が立って薬缶を取りに行き、湯を注いだ。

「買い置きのレモンが無いからこのままね。クッキーでまた太るかしら」

「二枚は食べさせてよ」

「クッキーのこの黒っぽいのって干しブドウ?朝食もまだだから、まあ二枚ぐらいは許してあげなよ」

「及川君の言う通り」

 太るも何もクッキーの提供者は百合さんだよと思いながら私は口にしなかった。熱い紅茶は気持ちを和らげ、喉を潤した。

「行先は葛西一族関連の地だったから岩手県南から宮城県北になる。京子さんと、京子さんに誘われた梨花さんはホンダのカブ、原付バイクの免許だ。

 原付では高速道路を走れない、二人乗りはできない。三日間の行程は全て一般道だ。術後の美希さんは私のホンダPCXの後ろに乗って出かけることにしていた。

 走行距離は宮城県地図と岩手県地図から概算したね。かかる所要時間は熊谷君と二人で話し合って距離の一・五倍、制限速度六十キロの所も含め時速四十キロで計算した」

「行った先々の見学時間は皆で話し合ったの?

「いや、その日程表にある見学時間も大体は熊谷君と二人だけで話し合って決めた。それと、キャンプ用品だね。自家用車(くるま)じゃないし、バイクに分散登載して持って行くのに限度があった。と、言うか、私も女性三人も初めてのキャンプでキャンプ用品らしい物を何も持っていなかった。あの時、熊谷君が自分家(じぶんち)にあるキャンプ用品を多く提供してくれた。

 寝袋は彼のご家族用五人分を梨花さんのバイクの後ろに積載した。寝袋の総重量が六、七キロと聞いて、私は随分と軽いもんだなと思ったのを覚えている。