あの日、美希さんがご両親と一緒に藤沢地区の隣の大籠地区のテントに姿を現わしたのは午後六時半前だった。家を出るのは夕食を済ませて七時前ぐらいだろうと思っていたから到着が随分早いなと思った。

 浴衣姿だった。ご両親と一緒に地区の人達に一通りの挨拶を終えた彼女が一人離れて私達の方のテントに来た。病院でも見たあの薄いピンク地に濃い緑の葉と赤と紺とピンクの朝顔が咲く浴衣だった。帯が赤から幅広い黄色い帯に替わっていた。今日の方が似合っている。あの時、私はそう思った。

 化粧もしていた。眉を引き、睫毛がいつもより濃く、アイラインも入っていた。頬紅を薄く入れ、唇もうっすらと赤かった。化粧をした美希さんを見るのは初めてだった。美希さんは美しかった。

 私は胸がドキドキしたのを今でも覚えている。熊谷君もいつもと違う彼女の姿に私の横で立ったまま見とれていた。

手にしていた花柄のボストンバッグにはよさこいソーランを踊るための衣装や小道具、シューズ等が入っていたのだろう。集合時間にはまだ一時間以上もある。早いねと声を掛け、パイプ椅子に座るよう誘った。

 会場はまた大きな歓声と拍手に包まれた。振り返ると十メートル近くにもなる巨大な火柱となって縄文の炎が一段と燃えだしていた。

 

「それから、窯に火入れを行なうと会場内にアナウンスが流れ、各地区のテントから出てきた小父さん、小母さん達が盛んに燃え始めた縄文の炎から移り火を窯に持ち帰る。それで地区のテントの前の窯に火が入る。

 間もなく窯の土手で井桁に組まれたバタ材が燃え出すよ。会場全体の窯という窯から火と煙が立ち上がる。会場全体が炎と煙のるつぼに変わっていくんだ。

 あの年、窯の数が十四基、出品作品が約千二百点と日記にある。火を落とす夜十一時まで凡そ五時間、どの窯もバタ材を継ぎ足し、継ぎ足しして燃え続ける。

 夏とはいえ、やがて周りは真っ暗闇だ。闇の中で会場全体が燃え盛る火と杉の木の焼ける匂いに包まれる。燃える火に暗闇だ。会場内を歩く人、見物人が縄文の炎の明かりにシルエットとなって浮かび上がる。その写真、何枚かある」

 

 午後七時に近かったけど、美希さんたち踊り手の集合時間の七時半までにはまだ時間があった。あの時、浴衣姿の彼女を連れて会場内を一緒に歩きたい気持ちに駆られた。一緒に歩いてみるかと誘った。

 でも私の望みは一瞬にして消えた。二人で歩き出そうとして後ろから、美希と声がかかった。顔を見なくても分かった。梨花さんの聞き慣れた声だった。振りかえると京子さんも一緒だった。二人も化粧をしていたし、彼女と同じように浴衣姿だった。二人とも髪にリボンを付けていた。口紅が赤かった。

 

 熊谷君が腕時計を見ながら、まだ時間がある、今のこの時間に打ち合わせをやろうと言いだした。結局、空いているパイプ椅子を集めて通るよその人の邪魔にならないようテントの外に五人で車座になった。

 元々は彼女達の演舞の後に予定していたことだった。夕方に私が先に手にした日程表が三人に配られ、熊谷君が主なところを読み上げながら説明した。

 

「あの時に私と熊谷君が窯焼きを手伝ったのは藤沢地区の窯だ。そこから特設舞台は七、八十メートル先、縄文の炎の櫓を間に正面に見えた。

 会場内に鳴り響く太鼓を叩く人も演舞を見せてくれる人も暗闇の中でそこだけが明るく浮き上がって見える。

梨花さん、京子さん達が自分達だけの振り付けでよさこいソーランを踊ったのは午後も八時半頃だった。参加した九人が共に舞台狭し、と躍動した。

 踊る美希さんも大旗を振った野球部のキャプテンの哲君も良く見えた。写真はそれだね」

「術後一か月足らずか。今の私達なら踊る計画を聞いただけでストップをかけるね」

「当時、何も知らない私は、美希さん頑張れしか、頭になかった」

「術後の激しい運動ってかなりの疲労感も出るし、第一、息が続くのかって有るよね。踊るって凄いことよ、良く踊れたな、我慢出来たなって思うわ」

「私も今はそう思うよ」

 

 あの日、私と熊谷君が目の前の窯にバタ材をくべていた八時頃だったろう。会場内に二日町祭神太鼓が鳴り響いていた。その頃に徳田地区のテントの明かりの中に誰かと話をしている岩城先生ご夫妻の姿が見えた。熊谷君に、あれ、先生だよなと確認した。

葛西一族の滅亡を聞きに行った七月一日、お昼にお好み焼きを食べている途中に、舞台よりも観客の目を引く会場の野外で踊るべしと奥様が言った。そのご託宣通りにはならなかったけど京子さんが見に来て下さいと言った通りの時間に合せて来たらしかった。

 次の演目は藤沢高等学校生徒の有志によるよさこいソーランの演舞です。藤沢高校は来年三月を以て五十九年の歴史の幕を閉じることになりました。今日のこの日のために練習を重ねてきた最後の三年生有志による演舞をご覧下さいとアナウンスが入った。

会場のあちこちから頑張れとか、いよ!とか声がかかり拍手が起きると、威勢の良い軽快なテンポの音楽が流れメンバー九人が徐々にステージに現れた。

 前列五人後列四人、観客席正面から見て九人が重ならない体勢だった。ポジションが定まると音楽のテンポも踊りの力強さも増した。時折、鳴子の音と一緒に踊るメンバーが一斉に出す声が入った。 

 若いエネルギーを実感させた。遠く離れているのに私と熊谷君の立つ場所にも良く聞こえた。赤と緑のねじりハチマキに同色系の髪飾りを着け、黒いTシャツに細身の黒ズボン。扇形の文様があしらわれた前あわせ型の振り袖長半纏、赤と緑の鳴子を持って美希さんは踊った。前列の右端で踊っていた。他の八人と共に舞台狭し、と躍動した。