十七 術後の経過

「七月十九日木曜日、薄曇りとある。美希さんの九日ぶりの登校だったね。

 彼女は、傷口に影響させないよう教科書や筆記用具を風呂敷に包んで腰より少し上に結び付けていた。傍に付き添っていた小母さんが宜しくお願いしますと言った。坂上の小父さんに頭を下げて発進した、とあるね。

 あの日、傷口に影響させないようバイクをゆっくり走らせた。その分、駐輪場に着いたのも校舎に入った時刻も何時もより少し遅かった。

 私と彼女が教室に入ると、誰が最初に手を叩いたのか拍手が起きた。

 それから、すぐ後にガイダンスの時間が有った。岩城先生は目の前に居る通り佐藤美希さんが今日から出席すると言い、発言したいことがあればと促した。

 自席で立った彼女は拍手で迎えられて嬉しかったと言い、頭を下げて、ありがとう御座いますと言った。再び拍手が起こったね。

 その拍手がやむのを待ち、一呼吸置いて、私は乳がんです、と彼女はキッパリと言った。若年性乳がんの診断で右腕の腋からリンパ腺を取って今病理検査中ですと言った。背筋をピンと伸ばしていた。

 でも勉強に支障がありません。合唱部の練習にもよさこいソーランの練習にも参加します。宜しくお願いします。そう言って誰にということもなくまた頭を下げて着席した。

 えっ、て言う声が聞こえた教室は一瞬静かになったけど、梨花さんが誰よりも先に拍手をしたのを覚えている。美希、頑張ってと言った。皆の拍手が続いた。

 ガイダンスが終わってちょっと休憩が入ったけど、先生は職員室に戻らずそのまま彼女の周りに集まる生徒の動向を見ていた。あの日の一時限目は先生の国語だった。

 昼時間も励ますように彼女の机周りで弁当を摂る女子生徒の姿が目立ったね。

授業が終わって、私は図書室に居る、彼女にそう伝えた。

 彼女は合唱部の練習とよさこいソーランの練習に参加すると言って梨花さん、京子さんと一緒に教室を出て行ったけど、私は歌う方はともかく踊れるのかな?と気になったね。

 彼女は一時間も経たずに図書室に顔を出した。声が出ないし踊れない、息切れがする、疲労感が強いとこぼした。

当然だよね。今の私達ならすぐ分かるけどあの時の私に分かるはずがなかった」

「術後一か月は無理よ。息が続かないし疲労感が出る、安静が必要よ」

「良い同級生だね。思いやるクラス仲間の動静が良く分かるよ」

「あの日の帰り、彼女ん()の坂下に着くと、送迎に特に問題は無いと小父さんに言うんだぞ、ほかの事は言うな、心配するからと私は言ったね。覚えてる」

 

 退院して一週間。彼女は小父さんの自家用車(くるま)で町民病院に行った。彼女が教室に顔を見せたのはお昼時間だった。昼食を摂り終えたばかりの梨花さん達数人が彼女を取り囲んだ。早めに昼食を食べて、付き添った小母さんをバス停で見送ってから来たと言う。 

 術後の経過に特に問題は無かった。後は八月一日(ついたち)の病理検査の結果。それで治療方針が決まる。私は、女性軍の取り囲みの後ろでそれだけ聞くと安心した。

 それから学校が夏休みに入る前日の帰り道だった。彼女は夏休みに入っても野焼き祭りの日までよさこいソーランの部活は毎日あると言った。しかし、梨花さん達メンバーに手術した傷口をもう少し養生したいと言い、一日(ついたち)の病理診断の結果が出るまで練習を休ませてもらう事にしたと語った。その間、私には勉強に集中してねと言った。

 会えない日は朝八時に携帯でコール、五分間、そう提案した。凡そあの一ヶ月、私が受験勉強に集中出来ていなかった事を気遣って彼女が自分から決めたルールだった。

 

             十八 治療方針

「退院後一週間の診察に問題はなかった。八月一日(ついたち)だね。彼女の病理検査の結果の出た日だ。夏休み中だったから自分家(じぶんち)で検査結果とその後の治療方針を聞いた。

 午後一時少し前に美希さんから電話が来た。階段を上りながら、転移は無かったと聞いた、ホッとしたと日記にあるね。

それから部屋の机の前に座って聞いた。

 第一回の化学治療の時に一泊二日の入院が必要になる。入院したその日に一回目の抗がん剤の投与があって一晩経過を診る。それで問題が無ければ翌日には退院。

 その翌週から同一の曜日に外来で抗がん剤の点滴投与を受けることになる。一回二時間から三時間、それが六ヶ月続く。そう聞いて驚いた、今どこから電話してる?と聞いたと書いてる。

今の私達なら各診療科一通りの研修で知っていることだし驚かないけど、あの時の私は六カ月続くと聞いただけで驚きだった」

「そうね。治療が長くなる、化学治療が必要になると聞いただけではピンとこないけど、治療の期間を聞くと患者さんやご家族は動揺するわよね」

 無言のまま山口君が頷いた。

 

「美希さんは、抗がん剤の投与で頭の毛が抜ける。丸坊主になる、ウイッグで対応出来ると言われたけど尼さんになってしまう、と言いながら電話の向こうでフフフと含み笑いをした。

 またその後で、放射線治療が月曜日から金曜日まで毎日有ると聞かされて私は思わずまた、えっ?と声を出した。でもその後に、一日五分、学校の帰りに寄って約一ヶ月だけと聞いてホッとしたと日記にある。

 結局、あの日、聞きながら居ても立ってもいられず、おまけに、その後で夏休み中にキャンプに行こうと言い出した彼女(の言葉)に驚いて、私はやっぱりこれから美希の家に行くよと言って彼女の家を訪問した」

 

 あの日、朝八時キッカリに美希さんから電話があった。もうすぐ家を出る。帰ってきたら検査結果を伝えるねと言った。そして、確認の意味もあったのだろう、迷惑掛けるけど明日から送迎を頼んで良いかと聞いてきた。夏休みに入っても、よさこいソーランの練習は朝九時から午前中の予定だと言った。私は勿論、良い、美希が練習中、俺は図書館で勉強するよと言った。

 彼女はありがとうの言葉の後、わざわざ一語一語に区切って、ア、イ、シ、テ、ルと言った。それに応えて私も愛してると言おうとしたら、じゃあ、行くねと言って先に携帯が切れた。終わりの方に、行くぞーって小父さんの声が入っていた。