十五 小父さんの頼み事

「七月十七日、火曜日の欄に、こんなことを書いてるね。熊谷と並んで教室で一緒に昼食を食べた。彼に美希は明日退院する。明後日には学校へ来るよと言った。

 美希は、学校に出たら自分からクラスの皆にハッキリと病名を言うと言った。俺は聞かれても熊谷にも京子にも美希の病名を言わなかった、と書いている」

 

 あの日、学校の帰りに病院に寄った。午後四時を回っていたと思う。ドアの前で深呼吸を一つして彼女に落ち着いている素振を見せようとした。しかし、ノックしても返事がなかった。

 ドアをそっと開けると、彼女のご両親の顔が一緒に私を見た。勝手に彼女との二人だけの空間を想定していたから、ちょっとがっかりしたのを覚えている。

 挨拶をして、小母さんが奨める丸イスに座った。点滴をしている彼女の左腕が目の前だった。朝顔柄の浴衣を着て上半身をベッドに起こしていた。前に気づかなかったけど朝顔は赤と紺にピンクだった。緑の葉に鮮やかに映えていた。

 小父さんが今打っている点滴が最後だと言った。そして、美希は明日は学校を休むけど明後日からは学校に通う。朝夕の送り迎えを自分がするが、どうしてもそれが出来ないときは俊明君に頼む。女房は自家用車(くるま)の運転が出来ない(無免許)。宜しく頼む、と丸イスに座ったままお辞儀をされた。

 ベッドの反対側に居た小父さんに、普段の送り迎えは俺が自分のバイクでします。酷い雨の日とか二人乗りは止めた方が良いというときは自家用車(くるま)でお願いしますと言った。 

 田舎道でも舗装された道だから振動が大きくて彼女の傷口に影響するというようなことは無いだろう。いつもよりゆっくり走っても良いのだ、そう思った。

 ありがとう、そうしてくれると助かると言った。主治医に聞いて支障がなければ私に頼むと言った。

 

                十六 表題 ― 遂志

「翌日水曜日。新聞部の部活に参加とあるね。学校新聞最終号に掲載する三十八人全員のアンケートの回答が揃い、あの日は中身の点検と表題を如何するか、リード文を如何するかを検討する日だった。

 私は美希さんの将来の夢、目標が絵本作家から看護師に変わっていたのが気になった。

 見出しは熊谷君の提案で遂志になった。遂げるという字と志という字の二文字だね。日記に俺も京子も気に入った、と書いてる。

 熊谷君は岩城先生から葛西一族の滅亡と高橋東皐の話を聞いた日(七月一日)に家に帰ってからお父さんに高橋東皐の話をしたらしい。東皐は俳人として有名だけど書も優れている、東皐の書に「遂志」と言うのがあるって、お父さんが言ったんだそうだ。それが「遂志」を使うことになった元だ。

 日記には縦百二十五センチ、幅五、六十センチの大きな紙に短穂とかいう穂先が短くて太い筆で書かれていたと熊谷が言ったとある」

「私もピッタリだと思う。ねえ?」

「うん、良い。夢、目標を語る先に、志を遂げんかなって想いが出る、良い表題だよ」

「リード文は岩城先生の修正が入って、『私達の将来の夢、目標はここにあります。最後の卒業生全員が秘める思いを語ることにしました』になった。

 日記には修正される前の自分達の案も書いてあるけど、今見ても先生の修正文の方がずっと良い。

最後の所に、熊谷が夏休みにツーリングに行かないかとまた誘ってきた。運転できない美希を思いながらもうちょっと考えさせてくれと言った。行くなら美希も一緒だと書いている」

 

 あの日、再提出だった生徒の分を含め回答の数は揃い、後は中身の点検だった。電子産業の関係に従事したいというけど、その産業の製造、販売、管理、プログラム作成等の何に従事したいのか回答は漠然としていた。

 他にも同じような回答に飲食関係に従事したいというのがあった。洋食、和食、中華、その他なのか具体的な飲食関係が分からない。でも何々の関係に従事したいとか何々の方向に進みたいという回答をOKとしたのだ。それで良いと言うことにせざるを得ない。可能性は無限大と書いた佐々木君は海外で日本食のレストラン経営と回答していた。

 三人で顔を見合わせて少し笑ったけど、マジ、海外に目を向けて将来の夢を語った仲間は他に誰も居なかった。アンケート取り直しの芳賀君は公務員。他は洋服服飾デザイナー、トリマー、酪農等と回答していた。

 前の週に作った原稿枠に熊谷君が入力してみた。三十八名の顔写真枠の確保と提出された将来の夢、目標を入力するとA三判の新聞一面の五段途中までの枠を要した。

 どういう見出しを付け、リード文を何て書こうかという段になって熊谷君が見出しにツイシ(・・・)でどうだと言った。漢文だよ、()げんかな(こころざし)。遂げるという字と志という字の二文字と言った。

 先生から葛西一族の滅亡と高橋東皐の話を聞いたあの日、家に帰ってお父さんに高橋東皐の話をしたらしい。そしたら、東皐は俳人として有名だけど書も優れている、東皐の書に「遂志」と言うのがあるって言ったのだそうだ。大きな紙に穂先が短くて太い短穂とかいう筆で書かれていたと言った。

 東皐にかかる研究を発表した方の冊子を持っていて実物の書の写真が掲載されていたのを見たと言った。紙一杯に凄く太くて堂々としていた、写真でも筆力が凄いのが分かったと言った。私達の将来の夢、目標にピッタリの見出しだと思った。提案に私も京子さんも賛成した。

 次にリード文をどうするかとなった。報告の段になって岩城先生の校正が入った。「私達の将来の夢、目標はここにあります。最後の卒業生となる全員が今のそれぞれの思いを語ることにしました」が、「私達の将来の夢、目標はここにあります。最後(・・・)()卒業生(・・・)全員(・・)()秘める(・・・)思い(・・)を語ることにしました。」になったと日記にある。あの時、私は美希さんの将来の夢、目標が絵本作家から看護師に変わっていたのが気になった。

 京子さんはよさこいソーランの練習に参加するため講堂に向かい、熊谷君と私が職員室の岩城先生の所に報告しに行った。机に向かっていた先生は教頭先生の机の前にある応接セットに誘った。熊谷君が教室で打ち出した原稿案を渡し検討状況を説明した。

先生は「遂志」という見出しを見て彼と私の顔を見ながら、良いねと言った。先生はスイシ(・・・)と読んだ。リード文は一見してすぐに校正が入った。修正案に熊谷君も私も納得した。

 三十八名全員揃ったんだねと確認するように言って、生徒各自の顔写真には卒業アルバム製作の時に撮る写真を使おうと言った。言われるまで写真をどうすると考えていなかったことに気付かされた。先生は、事務室と外の原稿との調整で割り付けの概略が決まったら君達に相談するよと言った。

 レイアウトの仕方や割り付けで読み手の受ける印象もかなり違ってくる。そして、後は受験勉強に集中だぞ、二人とも頑張れって言った。いかにも岩城先生らしいと思った。

 

 学校の坂道を下りながら、熊谷君はこの間の話、ツーリングのこと考えてみたかと聞いてきた。私は美希さんの退院が無事に済んだか気になっていた。もうちょっと考えさせてくれと言った。

 彼は彼女の事も忘れていなかった。今日退院したんだろ。これから佐藤さん()に寄るのか、明日は二人で登校するのか?と聞いてきた。今日は寄らない、彼女はバイクを運転できない。明日から私がPCXの後ろに乗せて送迎すると言った。

彼はさして驚いた顔もせず、うんと首を縦に振った。