十四 美希の入院

 七月十一日水曜日。朝から生憎(あいにく)の雨と書いてある。美希さんの入院する日だった。私はPCXを停めて彼女の差し出す傘の中に入った。

 両手で傘を持つ肩を抱いて、いつもより長めのキスをした。気をつけてな、小父さんも小母さんも一緒だろ?と言ってバイクに跨がった。

 頷いた彼女は帰りには必ず寄ってねと言った。彼女は前日の学校の帰り(ぎわ)に十八日までの予定で欠席届を出していた。理由欄に乳がん手術のためとハッキリ書いたと言った。岩城先生が驚いて彼女の顔をまじまじと見たとも言った。

 

「美希さんの入院は七月十一日。朝から雨が降っていた。前日に一週間の予定で欠席届を学校に出した。理由欄に乳がんの手術のためと書いた、岩城先生が驚いて顔をまじまじと見た、と美希さんから聞いたことをそのまま日記に書いてるね」

「それを聞くと、美希さんて方の決心が分かる気がする」

「十八歳だよ、よく欠席届に書いたと思うよ。学校の記録にも残るんだろう?、偉い」

 

 あの日、彼女のことが気になりながら部活で教室に残った。三人でアンケートの再提出の進捗状況を確認し、学校新聞への掲載順をどうするか検討した。解散したときは五時半近かった。

 京子さんがよさこいソーランの練習にこれから合流すると講堂に向かい、熊谷君が部活の報告と一緒にアンケートの回答用紙をまた先生に預かって貰うため職員室に向かった。私は、悪いけど先に帰る、と彼に言って下校の途についた。

 

 受付窓口で女性事務員が入退院簿をめくりながら、今日入院された方ですね?佐藤美希さん。二〇三号室。階段を上ってこの上、と人差し指で事務室の天井を指した。

 廊下を挟んで目の前にあった階段を駆け上った。ご両親がまだいるのだろうかと部屋の前でふと思った。一呼吸してノックしたけど返事がなかった。彼女一人だった。

 ずっと待っていたのに来るのが遅いと言った。今まで何をしていたの?と聞いた。

 今日は新聞部の部活の日だと言い、アンケートの回答をどの様に新聞に割り付けるか三人でパソコンでシュミレーションをしていた。ある程度のイメージは出来たと応えた。

 皆はなんて書いているの?と聞いてきた。色々だよ、まだ分りません、未定っていうのも有る。それが今の正直な気持ちだろうけど、面白いのに可能性は無限大なんて書いてたのが有った。そう応えると、そういうのどうするの?と聞いた。

 先生のアドバイスを入れて、まだ分からないとか、未定と回答した人に将来何々の関係に従事したいとか、何々の方向に進みたいとか、それで再提出して貰うことにしたと応えた。

 

 将来の夢、彼女は呟くようにと言うとキスを求めてきた。私の胸からなかなか離れなかった。形良い胸の谷間が目の前だった。体を離すと、彼女は見て、と言った。顔が少し強張っていた。肩に回していた私の両腕を彼女が抑えて、彼女の両手が私の両手をつかみ直した。そして自分の両方の胸に持っていった。

 思わず手を引こうとしたけど、私の両手を離さなかった。浴衣とブラジャーを通して肌の温もりを感じた。傷のない私の胸を見てと言った。彼女の目は強い意志を現わしていた。

 言葉の出ない私に彼女が私の手を離すと、後ろ向きになって浴衣を両肩から外した。白い小さな背中に両手を回して薄いピンク色のブラジャーを外す。その仕草を私はただ見ていた。彼女の瞳に私の心は射貫かれたと言うのだろうか、彼女が正面に向き直っても不思議とドキドキしなかった。

 

 彼女が私の両手を掴んだとき初めてドキドキしだした。いつも想像していた胸よりも美希さんの胸は形良く大きかった。白く綺麗だった。手を引かれるままに彼女の胸に初めて触れた。固かった。弾力があった。温もりを感じた。

 乳首が手のひらの中で膨らみを益すのを感じた。美希、声を出そうとしても声にならなかった。

 この辺り、と右胸のしこりが有ると言われた箇所に彼女の右手が私の左手を強く押しつけた。

 手の平に固いゴロッとした感触が有った。

 美希、今度は声にすると肩を両手で抱き寄せ彼女の口を吸った。

 涙が出てきて止まらなかった。彼女と一緒に泣いた。

 

「七月十二日木曜日。面会は丸一日禁止だった。会えなかった。寂しい。美希は大丈夫だろうか。日記にそう書いてるね。

 あの日、術後の感染症が怖いし安静が必要ということだった。面会謝絶ってこういうことなんだ、と私は初めての経験を書いている。

 一階の待合室に居た美希さんのご両親から手術は無事に終わったと教えられた。二人も、手術が終わった後、ほんの少しの間、病室に居るのを許されただけだと言った。

 小母さんの手にしていた風呂敷包みの端に朝顔模様の浴衣が見えた。病院の浴衣よりもと思って持ってきたらしいけど病室に置いてくるのを忘れるほど緊張していたらしい。二人はこれから家に帰ると言った」

「集中治療室でなく、一般病室?」

「うん、設備が足りなくて個室対応だったね」

「都会の大病院と違うからね。地方の病院、僻地の診療所に行ったらなおのこと。それを覚悟でどう対応するか、出来るかだよね」

 

 あの朝、授業が始まる前のガイダンスの時間に、美希さんが一週間学校を休むと岩城先生からクラス仲間に伝えられた。梨花さんがしつこく聞いて、体調を崩して入院したと皆が知った。入院先が町民病院だろうと想像がつくけど、先生の応えはなかった。

 ガイダンスが終わると、及川君が知らないはずないよねと私の側に来た梨花さんと京子さんだった。私も応えられるはずがなかった。面会謝絶は想定外だった。

 

 丸一日置いた土曜日。午前九時半頃に面会が許されたと私の携帯にメールが入った。愛してる、の言葉と一緒にハートの絵文字が並んでいた。一人遅い朝食を終えて部屋に戻ったばかりだった。直ぐに会いたい、そう思った。

 町民病院の面会許可時間は、土曜日は確か午前十時からOKだ。そう思い込むと、一階に降りて食卓の上に美希さんのお見舞いに町民病院に行ってきます、とメモを残した。十時前には家を出た。

 

 あの日、病院の玄関口で備え付けのスリッパに履き替えて廊下に上がると、年配の看護師さんとバッタリ会った。白いワイシャツに学生ズボン姿だった私に、及川さん?と聞いてきた。はいと応えると、私の負けねと言った。何のことか分からなかった。

 二階に上がってノックすると、はい。としっかりした声が返ってきた。それを聞いただけでも私はホッとした。

ドアを開けると、来た、と言う。どうしたの?と言いながらベッドに起き上がっている彼女のもとへ寄った。左腕にはまだ点滴が打たれていた。小父さん達は?と聞くと、まだ来ていないと言う。

 彼女は、さっきまでここに居た看護師さんと両親と私とどっちが先にここへ来るか掛けをしたのだと語った。お父さん達に先にメールも電話もしたのにと言った。

 ベッドの側にあった丸いすに座ろうとしたら、ダメと言って目を閉じ目の前に唇を突き出した。肩を軽く抱き傷口を気にしながらキスをした。はだけた胸元から白い左胸の膨らみが見えた。

 手前の右胸は浴衣の下だ。点滴をしたままの左手をそっと動かして、ここと指さし、ガーゼの当たった右胸は見せられないと言った。

 頷いて、頑張ったねと言った。途端に涙が出そうになったのを覚えている。