「あの日、入院も手術も治療も早い方が良い。美希さんと話し合わねばと授業中も度々思ったよ。だけどその機会も話し合う場所もないままに過ぎた。
部活が終わったら一緒に帰ろうと約束の待ち合わせ場所にしていた図書室は午後六時に閉館だ。
その時刻に彼女と一緒に図書館を出た。
学校の帰りだね。坂を下りながら、昨夜はあの後、ご両親と何か話したか?と聞いた。私が帰った後もお母さんが起き上がれなくて何も話し合えなかったと言ったね。
それを聞きながらあの時、若年性乳がんは症状の進行スピードが早い、その一文が私の頭の中に蘇った。どこかで話し合わねばと思った。それで町民病院の待合室に彼女を誘った。
駐輪場の側だ。あそこなら話し合える場所になる。この時刻なら入院患者の見舞いに来る人は居ても患者は居ない、話し合う場所に良いだろうと思った。
実際は待合の側にある一階のカンファレンス室なんだけどね。冬場の寒い時期になると暖房が入り臨時の待合室に使われていた。それが何時の間にか年間を通して待合の場所の一つとして利用されるようになっていた。
消灯されていたけど、出入口側のスイッチを押して灯りを点け、低いテーブルを真ん中にしてコの字型に置かれていた奥のソファーに並んで座った。
座ると、何からどう話そうかと私の方が緊張したね。
彼女が手術しないといきなり言った。昨夜、小父さんが横になっている小母さんの所に行っている間に若年性乳がんをネットで検索したと言った。家族共用のパソコンとコピー機を座敷の片隅に置いてあるのだと言った。
しかも、聞くと、私が見たのと同じ解説書を開いていた。
私は手術しないわけにはいかない、腋窩リンパ節の転移が認められる場合は腋窩リンパ節郭清、リンパ節の切除が必要と書かれていたろうと言った。
彼女は乳房を切り取るなんて絶対にイヤだと言った。
乳房温存手術と腋窩リンパ節の切除とはそれぞれに違う手術だ。腋窩リンパ節を取って術後の治療方針を決めるために転移個数を調べる。再発防止のためにそれが必要だって解説されていたろうと言った。
彼女は乳房にメスを入れることになる、傷が付く、絶対にイヤだと言った。
仕方ないよ傷ぐらい、命とどっちが大事だと言った。彼女は耳を両手で塞ぎ下を向いて体を震わせて泣き出した。
ハッと思った。傷ぐらいと言ったこと、命に関わることを軽く口にしたことを後悔したね。
彼女の肩を暫く抱き寄せていた。
明かりが点いていたせいもある。年配の女性がドアを開けて入ろうとして入らずにドアを閉めた。
学生服姿の私が肩を抱いてセーラー服姿の美希さんが泣いているのを見てどう思っただろう。あの時、どう思われたって良い、構わないと思ったね。
落ち着きを取り戻した彼女は乳房温存手術をしてその後放射線治療が必要になる、髪の毛が抜けるかもしれない、嫌いにならないか?と言った。
嫌いになるわけないだろと言った。そう言ってキスで応えた。嫌いになるもんかと心の中でも叫んでいた。
ご両親が心配するから帰ろうと言ったとき、待合室の壁時計は午後七時に近かった」
十三 ツーリングの誘い
翌朝も雨は残った。北風が吹いていた。バイクは風を切るから余計に寒く感じた。彼女は前日と同じピンクのレインスーツにピンクの防水ブーツだった。
あの日はいつもの通り少し減速して近づき、行くぞって声を掛けてそのまま私は加速した。しかし、少し走ってもカブの音が後ろでしない。PCXを停めて振りかえると彼女がそのままの場所でカブの横に立っていた。
どうした?、そう声を掛けたけどジッとしていた。彼女の位置まで戻った。PCXに跨がったまま、どうした?って声を掛けたけど、下を向いたままだ。
降りて、彼女の左肩に右手を掛けると、目をつむった顔を私の方に向けた。雨粒の幾つかが彼女の顔に当たった。軽くキスをした。そうしたら途端に、行こうって声を出して自分からカブに跨がった。笑顔を見せた。ヘルメットを被り直して、遅れるよと言った。それがその後の私と彼女の朝の挨拶になった。
「翌日だった。学校への坂道を上りながら、またご両親と何か話したかと聞いた。彼女は来週の水曜日に入院して、木曜日に手術を受けると言った。小母さんの涙が止まらなくて困ったと言った。
坂の途中から彼女の右手を握り、頑張るしかないと口にした。
あの日のお昼時間に熊谷君とお互いの勉強の進捗状況を話した。その時に、志望学部を変更しようと思っていると言った。彼は驚いた顔をしたね。
でもその理由を言うと、漠然と進学するより大学も学部も目的を持って選択する方が良いに決まっていると言って頷いた。そして呟くように、俺と違って及川は自分で選べるよと言った。気になる言葉だったね。
彼は医者になることは自分の選択であっても半分は逃れられない父親の職業からの継続と思っていたのかも知れない。言い方が悪かったと思ったのか彼は付け足すように、俺も自分の意思で決めたんだと言った。少し強張った顔を私に向けた。
その意味するところが私の解釈と違っていたなんて、あの時、私は夢にも思わなかった」
「熊谷君が、歴史文学の道を選択した、その決心をしていたってことね」
「日記には七月六日、金曜日。今日、美希の決心を小父さんと小母さんが病院に伝えに行ったと書いてる。
また前日の約束通り吾妻鏡第三、四、五巻と別巻を熊谷に渡した。熊谷から一、二巻を受け取ったと有る。京子さんに一旦渡っていた吾妻鏡が彼の手に戻っていたんだね。
そして、彼と愛宕山に上って昼食を一緒に食べた、夏休み中にツーリングしないかと提案があった。考えてみると応えた。美希と相談する必要があると書いている。
私が通ったあの高校のある山全体が愛宕山なんだ。講堂の裏口から上履きのまま出て緩やかな坂道を百メートルも上れば頂上に出られる。
私と熊谷君は陽が当たっていた別々の大石に腰掛けた。お尻が暖かかった。彼の後ろ、遥か遠くに北上山系に入る須川連峰の山並が霞んで見えた。
彼は弁当を食べながら夏休み終わり頃に岩城先生が推奨していた佐沼城や寺池、須江山に行って見ようと提案した。
一泊二日か二泊三日でバイクで周ろう、キャンプ場の利用と、途中、海水浴も良いんじゃないかと言った。医学部受験なのに余裕があるなあと思いながら聞いた。
町最大のイベントの藤沢野焼き祭りと家々の旧盆の行事が終わってとなると、行くとしても夏休み終わり近くになる。毎年八月の二十日前後が夏休みの終わりだ。そのことも計算に入れての提案だった。
私は彼も他の同級生も知らない美希さんのことを思い、無理だと思うと言った。しかし、あの時、坂を下り校舎が近くなったところで、考えてみるよと言った」