六 葛西・大崎一揆
「葛西晴信も木村吉清も知らないけど、豊臣秀吉に伊達政宗のビッグネームが出てきて天下平定のための一コマ、駆け引き、それぞれの思いを知る良い例かもね。面白いと思うよ」
言いながら自分で納得したかのように首を縦に頷く山口君だ。
「石高五千石、三百騎の武将に過ぎなかった木村吉清は一躍、葛西・大崎十二郡三十万石以上もの大名になった。
それは良いけど、広い葛西・大崎領を治める人材の絶対数が足りなかった。中間、小者を俄仕立てに侍に取り立てた、また上方で急遽人材を募集して、その身分や素行を確かめもせずに採用し近従の侍、あるいは足軽、小者に抱えたと古書に書かれていると言う。
その結果、年貢の取立てに横暴だったり、葛西氏の家臣だった家に押し込み強盗をする、果ては他人の妻女を犯し、娘を奪い、百姓の子女を連れ去る、商家に行っては脅して絹布や雑貨を奪うなど乱暴狼藉の限りだったと先生の説明だった。
葛西真記録にも伊達家にかかる伊達秘鑑などの古書にも当時の酷い状況が書かれていると語った。
熊谷君も私も驚きながら聞いていたね。先生は、木村親子が着任して一ヶ月経つかたたないかで早くも葛西・大崎領内で一揆が発生した。葛西氏等の家臣達は突然に主君を失い路頭に放り出された。季節は秋から日ごとに厳しい冬の寒さが襲ってくる時期だった、と語った。
東北の冬は半端じゃ無いからね。旧盆を過ぎると途端に日に日に気温がグーっと下がってくる。秋、冬の寒さが襲ってくるところで路頭に迷い、そこに新参者の乱暴狼藉が加わっては一揆が起こるのが当たり前だった」
「分かるね。住む所を失い、食料も不足する、寒さが日に日に増してくるとなれば昔も今も人は理性を失うよ。腹立たしさも、悔しさも募るさ」
百合さんも隣で頷く。
「先生はあの時、私達に伊達秘鑑の一ページだと言って、大崎葛西一揆蜂起之事とある漢字とカタカナ混じりの文面を広げて、見てご覧と指さした。
日記にも書いてあるけど私は今でもそらんじて言えるほどに覚えている。
『浪人、町人、百姓、悉ク新主木村父子ヲ遺恨二思ヒ後難ヲ不顧。当然ノ忿怒二忍ヒカタク一揆ヲ企テ馳集リ。長坂藤澤辺二居住シタル上方ノ侍共ヲ取囲ミ。残リナク殺害ス。』だ。
(参考、大崎葛西一揆蜂起之事―伊達秘鑑)
長坂藤沢辺りの藤沢は私の生まれ故郷、地元だ。私はあの時、歴史の一ページを知って鳥肌が立ったね。先生は驚いている私達にいきなり、三人が木村吉清の立場だったらどうする?と質問した。
熊谷君が、自分なら武力で反抗してきた城主、館主は除いて今までの人材の誰が使えるか使えないか、そこから検討すると言う。
太閤検地に反対して今までの美味い汁を吸えなくなると文句を言い出す奴は引退して貰うけど、それでかなりの領地の城主や館主は不満があっても本領の大半を安堵できそうで今後の安心を選んで残るだろう。従属させることが出来ると思うと言った。そして、領地内の各地区から代表者を選んで評定衆を作り領内の安定した基盤作りをする、経営を計ると言った。
先生は、組織や対人関係のものには数学の問題と違って答が一つと言うことはない。選択した方法はその状況と時によってベターにもグッドにもバッドにも成ると言った。
そして自分が吉清の立場だったら太閤検地実施の改革方針を伝えて城主等ひとり一人に面接して去就を選択させると言った。戦国の世にそれは甘いと言われるかもしれないけどねとも言った。
その後に、君達はこれから社会に出て、今までとまるで違う環境に入る。否応なく会社やサークル、地域等で組織、対人関係を今以上に意識するようになる。吉清の置かれた場面は現代社会の会社組織等で言えば、自分が異動して行った先の新しい職場でベテランの年上職員や自分と考えの違う職員、専門職の畑違いの職員を下に抱えた時に如何するかというのに似ていると言った。
そして、歴史は反面教師だ。読んでいる本のその場面を思い浮かべて自分ならこうするなと思うと違った面白味も、教えられることも多いと言った。あの時、先生の言葉に私は首を縦に振ったよ」
「分かる気がする」
百合さんが頷く。山口君も無言のまま頷いた。
七 伊達政宗の謀略3
「それから先生は政宗の第三の謀略だと言った。政宗は葛西晴信のお家再興の願いを奪う一揆を煽動したのだと言う。
晴信は黒川郡大谷荘に押し込められたけど蒲生氏郷や浅野長政、前田利家に本領回復を働きかけていた。あの時、先生はそれを裏付ける葛西文書の写しを見せてくれた。
(参考、葛西晴信起請文(石川丹州宛)
しかし、葛西領内で一揆が勃発したら誰でも晴信が関わっているものと思うよね。そうなると秀吉から本領安堵を勝ち取るなどという考えはたちまち雲散霧消になる。
旧葛西領で一揆勃発となったときに政宗の頭の中は一揆を拡大させること煽動することだった。そしてその後、一揆鎮圧に自ら出動する。マッチポンプだ。自分で火をつけ燃やし、自分で消し止める。
そうすることで自分の手柄にする。領内を治めることの出来なかった木村親子の失政を浮き彫りにして秀吉に処分させる、木村親子を追い出さざるを得ないように仕向ける。そして秀吉から葛西大崎領の加増を自分が勝ち取る。政宗の頭の中は自分の所領拡大だった。
同じ頃に蒲生氏郷が政宗に宛てた晴信のお家再興を計るための相談の書状を政宗が全く無視したのはそれでだ、と先生は語った」
「うーん、それが本当なら、まさに謀略ね」
百合さんが山口君の顔を見ると、山口君は無言で相槌を打った。
スキャンした後の保存状態は正常なのに、アップロードすると回転してしまいます。小生の技術では修正方法が分からないので、息子(長野県安曇野在住)が来て教えてくれるまでしばらくこのままの投稿にさせてください。ごめんなさい。

