「約束の保呂羽郵便局の前に行くと、外灯の下に熊谷君兄弟が先に着いていた。

 三人とも登山靴を履いて毛糸の帽子にマフラー、身を包む膝下までのダウンコートの防寒姿だ。準君と篤君はリュックを背負い、由美さんは手袋をして灯りを消した懐中電灯を持っているだけだった。

 バイクの後ろから降りた明子を見つけた由美さんが、先輩、宜しくお願いします、と少しトーンの高い声で言った。後で知ったことだったけど、篤君も含め三人は中学のテニス部仲間だった」

 女性二人は手袋をしたまま手を取り合っていた。篤君が私に挨拶して、明子に軽く会釈をした。

「町からここまでどのくらいかかった?と聞いた。約五十分。腕時計を見ながら準君の応えだった」

 町から約四キロの夜道を兄弟三人が歩いていた。私と明子は約八キロの道をPCXで十五分と掛かっていない。申し訳ないような気がした。

 

 バイクを郵便局の前庭に勝手に置かせて貰うことにした。参道口まで自家用車(くるま)でもバイクでも行けるからだろうか?、外に一台も駐輪されていなかった。隣になる保呂羽駐在所の灯りが煌々(こうこう)と照っていた。

「哲が来るって。参加するって。参道入り口の標柱の辺りで合流すると言ってた。そう伝えると、いつも顔を合わせるクラス仲間だからね。準君はにこっとして首を縦に頷いた」

 歩いてくるのかバイクで来るのか、その時になって聞いていなかったことに気付いた。

 当時、保呂羽山は小学校三、四年生の頃に秋の遠足で登る場所だった。登ることは皆経験していた。だけど、提案した熊谷君も含め保呂羽山神社の元朝参りは皆初めてだった。そうと知って、私はあの時、山頂までの行程を大雑把に話した。

 郵便局前から登り口のある保呂羽三十九自治区のリサイクル物集積所の十字路までは約一・五キロ、車道に沿って平坦地を約二十分歩く。

 集積所前から左に道を取って参道入り口まで坂道を約二キロ。あの日は雪も無く歩き易いけど所要時間として約四十分。

 参道入り口に保呂羽山神社と書かれた標柱と看板が有る。そこで哲君と合流する。

 高さ五百メートルと無い保呂羽山だけど、神社までの急な砂利道をひたすら登って四、五十分は掛かる。

 そう話ながら四人の顔を見た。駐在所側から漏れた外灯に照らされた皆の顔は頷いた。私が先頭に立ちその後ろに篤君、明子に由美さん、殿(しんがり)に熊谷君で歩きだすと、進む方向と反対に流れる川の水音が右の闇の中に大きく聞こえていた。

 

「参道入り口だね。ここから神社まで一二〇〇メートルと表示された看板があった。その側の空き地に自家用車(くるま)が五,六台停められていた。

 少し離れた空き地に消防車が一台停まっていた。バイクも二台有ったけど周りに人影が無かった。私達の後に続いて山に登ってくる人の気配も無かった。

 哲君が姿を見せたのは約束の午後十一時に少し前だった。毛糸の帽子に皮製の手袋をして、上下明るい紺のスキーウエアだった。足下を登山靴でしっかり固めていた。

 そこまでは誰でもの普通の格好だ。ところが彼は、膨らみのある小さめのリュックサックを胸前にして、背中に黒いケースに入ったままのギターを背負っていた。腕時計を見ながら、約一時間その格好で歩いて来たと言った。

 夕方の電話で一言もそんな話が出ていなかったから、正直、ビックリしたね。彼は、参拝してご来光まで六、七時間ある。待つ間、皆で歌でも唱おうと言った。外の参拝者に怒られるかなとも言った。

 私は、大丈夫じゃないかと言った。むしろ神社の周辺を想像して楽しく思えた。

 歌おう歌おう、面白そう、そう言って明子も由美さんも想定外の哲君の姿と言葉にぴょんぴょんと跳ねた。

 哲君は毛糸の帽子を取り、暑いと言いながら滲んだ額の汗を拭った。

 それを見て、明子が、大変でしょう。私がリュックサックを持つ、貸してと彼の胸前のリュックを背負うと申し出た。

明子の分も荷物を私が背負っていたからね。

 哲君は一旦遠慮したけど、明子に任せることにした」

 

 緩やかな傾斜地の参道を歩き出して百メートルほど行った辺りだった。直径一メートルもありそうな杉の木が何本か伐採されたままの姿で横たわっていた。搬出前なのだろうけど切り株が夜目にも痛々しく見えた。

 参道の坂道には二、三十メートル間隔で電柱が設置され、十メートル程の高さの所でホタルの灯ほどの電球が点っていた。その黒い配線コードは杉と雑木林の間の天空で時折吹く北風に揺れていた。父に連れられて元朝参りをした十年程前にはもっと暗かったなと記憶が蘇った。

「二メートル幅程の山道の足下は暗かった。地面から飛び出ている大きな木の根っこや雨で砂利を削られて出来た窪みがあると、後ろに続く明子や由美さんに気を付けてと言いながら登った。

 私達の前にも後にも人の影が無かった。後ろの人の懐中電灯の明かりが時折、私の前を動いていたのを覚えている。

 頰に当たる風が冷たかったけど坂道を登る身体に寒さを感じなかった。私はマフラーを巻いた首が汗ばむ程だった。

 急坂でも登る左手側の所々で杉か雑木の林が途切れ、視界が開けた。そのタイミングで立ったまま休憩を取った。お互いに持参した水分を取り、飴玉を口にした。明子が哲君に飴玉を手渡すと、彼はしきりに照れていた。

 眼下の闇の中に、まだ起きているのだろう人家の灯りがぽつんぽつんと浮かんでいたね。紅白でも見ているんじゃないのと篤君が言った。

 正面を見ると、近くにも遠くにも続く山並が黒く幾重にも横たわっていた。

 三日月も浮く天空には満天の冬の星座がキラキラ光っていた。

 綺麗!、凄い!、と感嘆の声を上げたのは由美さんと明子だったけど、男四人も同じ思いだったと思う」

 

 三度目の休憩を取って、暫く沈黙のままに登る歩を進めた。百メートルほども登っただろうか、平坦地になって左に曲がると、電柱の裸電球が暗闇の中にそこだけを浮かび上がらせていた。鮮やかな赤い色の大鳥居が目に入って来た。

「三度目の休憩を取って百メートルほども登ったかな。平坦地になって左に曲がると、暗闇の中に裸電球に照らされた赤い大鳥居だった。

 鳥居だ!って、突然目の前に現れた赤い大鳥居に明子も由美さんも哲君も篤君も、そして熊谷君の顔も笑顔だった。

 鳥居の下になると、無事についた、と私には安堵感があったね。

 鳥居の先は真っ直ぐに石段が伸びている。その先に神社の屋根の一部が見える。あの時、六人は隊列を崩して思い思いに上った。確か百三十段程の階段だったと思う。

 崩れかけた所が何カ所か有って、足下を確かめながら上った。

 途中、左手に手水舎(ちょうずや)、そこから少し上って右手に社務所と神符授興所と看板の掲げられた一メートル四方の小屋があった。

 また少し上った右手に鐘楼があった。梵鐘は普通なら寺院の境内だよね。何故ここにあるのだろう?此所にあって良い物なのか・・と疑問に思ったね」

「そうね。神社に梵鐘(かね)って見たことないわね。置くようになった事情が過去にあったと言うことよね」

「うん。その経緯を今も知らないんだ」