母の遺言通りに葬式を田舎で出来る。新幹線の中のコーヒーで一息つくと、これから先、まだ慌ただしいなと思いながらも一仕事終えたような気がした。

 亡くなった弟が貴方と同級生で、先代の住職と貴方のお父さんも同級生だった、私と貴方のお兄さん(長兄)とは同級生だ。時に掛かる御縁が有るねと語ったご住職の言葉を思った。

 

 母の葬儀について先に荒木田さんとご住職との間でどのような話がされたのか分からない。母が亡くなったことは知っていた。私を見て驚いた顔をしていた。

 私の訪問も母の葬儀日程もご住職の念頭に無かったのは確かだ。貴方のこともお母さんのことも女房を通じて聞いていた、時にかかる御縁があるねと話を持ち出したのは気まずさからかと想像した。

 夕方に一関からタクシーで来て、夕食も取らずにタクシーで帰るという私の行動に久美子姉は驚いていた。母の死期の詳細を語る暇もなかった。大宮には午後九時三十四分到着、十一時を回ったところで家に着くだろう。そう思うと、棺に納められた母を思った。亡くなったのは一月二十一日、九十三歳の誕生日の翌日だった。

 

 所沢市斎場で荼毘に伏した。母の遺骨を持ってそのまま武蔵野線の東所沢駅に出て大宮駅から新幹線に乗った。

義子も信夫も妻も娘二人も新幹線の中で喪服から普段着に着替えた。孝一兄夫婦は一旦東久留米市の家に戻り、仕事の関係から仮葬儀に参加できなかった娘を連れて明日の通夜に間に合うよう帰省すると言った。

 

 母の住民票は元のままだったから、私たちが帰省した二十三日の夕方には町の有線放送が母の死を告げた。通夜が二十四日六時から柳田葬祭場ホール、葬儀が二十六日月曜日午前十一時から禅弓真院で行われると伝えた。

 隣町の千厩に抜ける国道沿いで、町の外れになる葬祭場ホールまで足を運んでくれた通夜の客に感謝の念が堪えない。外は寒く、小さな町なのに二百人からの人々がお線香をあげに来た。私達兄弟親族に声を掛けてくれる人も居たけど、私には知らない顔が殆どだ。

 信夫と二人で夜通しお線香を絶やさず、蝋燭(ろうそく)の火を継ぐのにも目が冴えた。

 日曜日も丸一日、信夫と交代でお線香を絶やさず、眠くなれば借り切った葬祭場の和室で仮眠した。義子と優子が朝食も昼食も差し入れに顔を出した。

 夕方になって孝一兄が町役場の総務課長を務めたこともある隣の家の高橋さんと一緒に来た。お寺での司会進行役を高橋さんに頼んだ、打ち合わせをしようとのことだった。

 信夫と二人で葬祭場ホールで二晩目を過ごした。

 

 氷点下六度と今朝は冷え込んだ。だけど、窓から表を見ると青空が広がっている。それだけでもホッとした気になる。最高気温が七、八度、南風が吹くというテレビの天気予報だ。予想気温よりも体感温度は暖かいという予報に期待する。 

 午前十一時からのお寺での本葬儀に隣近所の方だけでなく母の友達が参列してくれるだろう。

 

 優子と娘二人が持ってきた朝食のパン等を信夫と食べたばかりの所に、檀家総代でもある荒木田さんが顔を見せた。お寺での葬儀の進行役をすると自分から言い出した。

 しかし、その役は昨日のうちに孝一兄等を交えて高橋さんに依頼した、弔電の読み上げる順番や人名の読み方も確認して失礼のないようにと打ち合わせを済ましたと伝えた。

 朝早い時刻に来てくれた荒木田さんだったけど、丁重にお断りした。

 

 午前十時半迄には来て下さいとご住職に言われている。葬祭場から母の遺骨や遺影を持って、十時を過ぎたところでお寺の駐車場に着いた。

 三々五々に自家用車(くるま)から降りる身内を確認した。福島から直接お寺に来る予定の姉夫婦の姿だけが無かった。まだ時間はある。そう思いなおして本堂に上がる下駄箱に靴を入れていると、黒染の袈裟のご住職が私達兄弟にちょっと来てくれと言う。 

 案内されたのは祭壇の前だった。葬儀屋がまだ供え物の花や果物、お菓子類を祭壇に並べている最中だ。

「祭壇のあの両側の花を飾っている花瓶、よく見て下さい。あれは貴方達お母さんの作品ですよ」

兄弟、縁者そこに集まっていた皆が驚いた。当然、近づいて見たくなる。ご住職の許しを得て葬儀屋の動きの邪魔にならないよう目の前まで進んだ。

 高さ三十センチは優にある。花を生ける飾り口が直径十センチ以上はある。目測しながら濃い飴色の釉薬の施された艶光りする円柱の花瓶をまじまじと見た。

「貴方達のお父さんの三十三回忌の弔い上げの後に、間に合わなかったけど何かの機会に良かったらお使い下さいと寄贈してくれた物です」

 父の三十三回忌の後というと、母が八十二、三歳ぐらいで造った作品ということになる。それにも驚きだ。信夫が横で水漏れしないだろうな。以前に母の作品を船橋に持ち帰ったことがあるけど水漏れがしたと言う。何時の事か分からないけど、俺がもらったものは水漏れしないぞ。水止め、防水処理はされている、と思わずムキになった。

「大丈夫ですよ。普段から使わせていただいております。今日は使うのに最もふさわしいでしょう」

側で住職が語る。花瓶を目の前にして、しばし母を忍ぶ話に花が咲いた。