「ショックだ」

「人間だものいろいろあっぺ(ある)、人生いろいろってね」

中学生の時と少しも変わらない秋雄らしい言い方が返って来た。

「今晩はこのかん(・・)()に泊まりだけど、明日は実家さ寄んだべ?、顔出すんだべ?」

「いや、母を東京に引き取った、生家には姉と兄がいるけど、明日の朝は実家に寄らず、そのまま新幹線だ。

姉にも兄にも今日ここで俺達の還暦祝いの会があると言っていない」

「何処にも寄らないの?。帰るの?。んだば今晩は部屋でまた話の続きだな」

田舎に居る者も他所(よそ)の地から駆けつけて来た者も、希望者はこの一関かんぽに一晩泊る。参加の可否を問う半年前の案内通知の往復はがきには当初からそう設定されていた。

この六月末の一日を選んだのは田植えが終わって農閑期だし、地元に住む同級生達の疲れをとる癒しの日になれば良いと秋雄君だ。

 

 二時間の予定された宴会時間はあっという間だった。

「名残は尽きないけど二次会は各自の部屋でお願いします。部屋に飲み物、乾き物を置いてあるので、それ以上の飲食は自費でお願いします。

 酒、ビール等は二階の自動販売機だけにあります。

 また、カラオケ会場は二回の売店の横になります。そこでの飲み物等は幹事の方で準備しました。追加で注文するときは幹事に事前に了解を取って下さい。この後の九時から十一時までを利用時間としています」

 説明を混ぜた熊谷健治君の言葉が閉会の合図だった。

これから帰るという同級生には一関駅までマイクロバスが一台出ると告げられた。

 仲間の車でこれから藤沢の町に連れ立って帰るという者もいた。藤沢に帰るバスはとうに無い。それぞれがそれぞれに宴会の後の対処方法を考えて参加したのだろう、誰も文句を言うものは居なかった。

 

 割り当てられた部屋は三階から五階で、一部屋に六人が一緒。部屋が十四確保されてあり男性に割り当てられた部屋が九つ、女性に五つ、部屋の前の張り紙で各自、自分の部屋を確認するようにとのことだった。

 宴会場から各自の部屋に向かう途中、後ろの方で誰かが、今時八十人からの団体様の宿泊にかんぽの宿も有難う様々だべと言った。

 私は、生徒一人ひとりに応じたきめ細かな指導の充実をうたう三十人学級の今の世と違って、俺達の時代は一クラス五十人もいたんだと全く別なことを考えていた。

 

 同じ部屋の六人は三年A組のクラス仲間だ。地元で大工をしている信男、農業をしている昭、花巻で不動産屋に努めるサラリーマンだという敏男、大船渡で漁師をしているという初男、それに秋雄が東京グループと言った税務事務所に勤めている淳と、私だ。

 酒と缶ビールとつまみが入った袋がテーブルの上に各六つずつ置かれていた。敷かれてあった布団を片隅にやって、窓際に置かれていたテーブルを部屋の真ん中に戻した。

 誰もカラオケに行こうと言わない。酒を飲みながら信男が近況を語り出した。

俺家(おらえ)も年寄りばかりになった、娘息子が都会に出てしまった。でもまだ仕事がある、働けるから良い」

誰もが酒かビールを口にしている。昭が言った。

「俺は集団就職して大田区(東京都大田区)の工場に行ったけど、早くに帰って来て良かった。兄貴が田畑を大きくしたから手伝えって言ってくれて、東京に見切りをつけて田舎に戻った」

 敏男も初男も集団就職組だった。敏男は田舎の方が、人が温かくていいと語る。

銭子(ぜにこ)は東京の方がよっぽど良いさ、暮らす生活も文化的で良がった。

だども(せわ)しく忙しくて毎日毎日機械ば相手にしているど嫌になった。これで一生暮らせんべが(暮らせるだろうか)って不安にもなった。

 独立して何が出来る希望も無がった。(おら)には東京は合わながった。田舎に帰ろう、帰りたいと思ったよ。

 田舎の方が、変化がないようでいで身近な変化が自分のものとすて感じられる。それが田舎の良いどごだべな。

 生まれ育った町から少し離れでいでも、花巻まで帰って来で良がったよ」

「俺は葛飾区にある工場だったな。会社は注文でいろんな金型を作る。

作った金型でボンボンと同じプラスチック製品が出来てくる。面白いなあと思ったよ。でもそれだけなんだよな。

 今漁師になって、毎日が違うんだ。天気が変わん(変わる)のと同ず(じ)さ。同じ日は()ャ。

 大漁の日もさっぱり魚が取れない日もあっ(ある)けど気持ちは都会で生活してだ(していた)時よりもズーっと充実す(し)てる」

「嫁さんお子さんは?」

 淳が、初男の話す間に口を入れた。

「うん、いるよ。こっちに帰って来て四十五の歳で(かあ)ちゃん貰った。子供がまだ高校生だ。下は小学校六年の女の子だ」 

 淳は地元の藤沢高校を卒業して税務大学校に学び、税務職員となってそのままだ。

「東京近辺をぐるぐる回った。この三月に定年退職して、今、税理士事務所を開業しようとその場所探しをしてる」

 信男が、嫁子(よめご)は同級生だった恵子だべ、聞いたことがあると言う。私も他の同級生から聞いて知っていることだった。

 私は、淳と同じ高校を卒業して大学受験に二年失敗。夜間大学に通いながら途中で東京都の職員になった、三十七、八年務めて去年の三月に一足早く退職して、今は小平にある社会福祉法人の運営する特別養護老人ホームに勤務していると自分を紹介した。

 誰が何を聞くにも言うにも、皆が中学時代と同じように名前を呼び捨てだ。時代を遡っている気がした。

 秋雄が言うように夢敗れて北帰行と言うよりも、それぞれが自分の意思や判断で故郷の近在に戻っていた。それが分かるとなんとなく嬉しくなった。

 

 ドアを叩く音がすると、秋雄が酒瓶を持って部屋に入って来た。続いて()()()真知子(まちこ)も来た。外に女性二人が一緒に付いてきたけど、誰なのか思い出せない。クラスが違っていたのは確かだ。

 富美子が、庄吉たちはカラオケに行ったと言う。部屋がたちまち狭くなり輪を掛けて賑やかになった。酒とビールの買い出しにもなった。

 

 夜も十二時を過ぎてお開きにした。午前一時に少し前だったけど、信男と風呂に初めて入りに行った。

外に誰もいなかった。硫黄の匂いがする。露天風呂に入って、黒く横たわる北上山系の山並をボンヤリとみた。来て良かった。また会えるのは何時のことだろう。

 頭上には都会で目にすることが出来ない程の星が煌めいている。