「いつ来る。今度の土曜日は俺も優子も家に居る。特に用事は無いよ。俺が迎えに行くか?」

「土曜日に私が連れて行く。すぐ必要なものを持っていくね。車椅子も座椅子型のお丸も買ったの。杖も軽くて丈夫なカーボン製で伸縮できるものに買い替えた。

 後はレンタルの介護用ベッドの手配だけど、ケアマネの矢部さんに電話して聞いたら、今使わしてもらっている業者が使う場所が変わってもすぐ用意できますって言ってた。

 デイサービスに通うところを探さないといけないね。新たな契約が必要になるって。介護計画はしばらく今のままで良いんだって矢部さんが言ってた。

 ただ、母の介護に変化もあるし、今後のこともあるから新たなケアマネを探しておいた方が良いって。デイサービスを受ける施設が分かったら連絡が欲しいって言ってた」

 義子の話は先週の土日にでもケアマネに相談したことを窺わせた。母は今でもトイレで用を足せるのだろうか。それだけが気になった。

「お袋、トイレの方はどう?」

「ちゃんと出来てるよ。心配ない。私が先走ってポータブルトイレを買ってしまったけど必要なかった。

夜中に母が何回も起きるので、目の前にトイレがあったら便利だろうと思って買ったんだけど母は使っていない。こんな恥ずかしい物、(おら)は要らないって怒られたわよ。母のプライドを傷つけたみたい。

 良く考えたら使用後の始末を誰がするんだってことになる。私は仕事があるし朝は時間に余裕が無い。結局、母が自分で始末するみたいになる。使っていないし、使わなくても母は普通にトイレで済ますことが出来る。

 介護用のパンツ。デイサービスに通うようになって職員に言われたり、他のデイに通っている人達を見て分かったんでしょうね。あれだけ嫌がっていたのに使用するようになった。

今は自分で交換するし、処理する、尿取りパットも自分で交換しているよ」

 土曜日の午前中に連れて行く。当面の必要な衣類や下着を持って行くねと言う言葉を最後に聞いた。お互いにお休みなさいと言い、電話を切った時は十一時を回っていた。

 まだ食卓テーブルで注文票を前に食品一覧のパンフレットを見ていた妻に、土曜日の午前中に来ると言い残してお風呂に立った。

 湯船の中で、これからの生活の変化を思った。世間一般でいう嫁姑の問題が我が家でも起きるのだろうか、何が起きるのだ、あれこれ考えたけどみな想像でしかない。

 最後にはなるようになるさと考えた。

 

「いやー、昨日でなくて良かったね。昨日は雨がかなり降って日中の最高気温も二、三度しかなくて、エライ寒かった。心配したよ。

 今日は青空も見えるしまあまあの天気だ」

車から降り立った母と義子に声を掛けると、二人は首を縦に振り、頷いた。

「お義母さんいらっしゃい。まだ外は寒いもの、さあ、中に入りましょう」

 荷物のことを気にする母は、後は主人と義子さんに任せて良いのよと言う優子に手を引かれて玄関のドアに向かった。

 玄関前の道路に止めた自家用車の後部から荷物を運び出す。意外な多さに、何を持ってきた。こんなに必要なのかと義子に聞いた。

「介護用のパンツ、それに尿取りパットって嵩張(かさば)るのよ。

後は冬物春物の洋服に下着類だけよ。ポータブルトイレが大きいけどね」

 玄関の上がり框に段ボール箱を並べ、折りたたんだ車椅子と杖を置いて大きな回転座椅子、最後にポータブルトイレを運び入れた。母の使う和室は玄関の上り口のすぐ右側だ。介護用のベッドは優子立会いの下で昨日のうちに業者が運び入れた。

 

 南に面して日当たりは良い。この季節、まだ陽が高くなくても陽が射しこんでいる。障子を開けたガラス戸越に見える小さな庭はまだ何もない土色のままだ。いずれ私の家庭菜園の野菜がみられる。その先の隣家との境界フエンスに、ぶら下げたプランターや鉢にビオラと三色スミレが咲いている。

 母はリビングに案内され、出されたお茶でも手にしているのだろう。戻って来た妻がポータブルトイレを見て驚く。

「これ、お義母さん使用するの?」

「ごめんなさい。場所をとるけど買ってしまったのでそのまま持ってきたの。

夜中に何度かトイレに立つ母を見て有ったら便利だろうと私が勝手に思って買ったんだけど、使えばその後の処理が大変よね。幸い母はこれを使用しなくてもトイレの用は足せます。母にこんなもの要らないって怒られちゃった。

 介護用具で業者から借りることも出来る物だなんて知らなかった。買ってしまったし、私の部屋の邪魔にもなるので持ってきちゃった。このまま置かせてね」

 義子の説明に不満そうな優子だ。

「お義母さんが来ると決まって、急ぎ冷暖のエアコンを入れたの。後でお義母さんに使い方を教えるけど、大丈夫かしら」

「大丈夫だと思う。日中、一人で待っている私の所でも上手く操作していたから」

「段ボールを開けて良い?」

「ええ、当面必要な下着と着る物を持ってきたつもりだけど」

 点検と確認を二人に任せるしかない。しばし傍に立っていたけど、大丈夫みたいだねと言う妻の声と、足りなかったら言ってもらえば後で送る、届けるという義子の声を背中に聞いてリビングに行った。

 

 母の差し向かいに座った。

「よろしく頼む」

 湯飲みを両手に挟んだ母が改めて私に言った。

「何を言ってる。母ちゃんの新しい家だ。遠慮することなんて何も無いよ。来るのが遅かったくらいだ。疲れたか?。高島平からここまで一時間以上かかったろ。

 少し休んで、優子たちが一段落ついたらお昼だ。昼飯食べたら少し昼寝した方が良い」

 

 四人が揃うと、改めて妻が紅茶を淹れた。母達が持参した小さなシュークリームが一つ皿に盛られてテーブルの真ん中に置かれた。私が手を出して先に頬張る。母が続いた。

「ご本人を目の前にしてだけど、お義母さんの食事とか、生活のこと、聞いて良いかしら?」

 一緒に生活していく上での母の状態を、この機会に知りたいと妻が言う。

「母は好き嫌い無し、何でも食べる。ご飯は普通でも良いんだけど、少し柔らかい方が良い。肉よりもお魚が好き。焼き魚、刺身は大好き。肉なら鶏肉ね」

 高い牛肉は余り食べたことがないからかもしれないけど、といって義子が小さな笑いを誘った。

(なに)、味噌汁と御飯があれば(おら)は良い、ご飯も普通で良いよ」

 横から母が言う。

「お義母さん、栄養失調になってしまうわよ」

と妻が返す。義子は自分のバックから手帳を取り出した。それを時折見ながら言う。妻も自分の手帳を持ち出した。