「ぴったり四時だべ(だね)。お茶でも淹れっか。少し休んで、夕食の準備でもすべ(しましょう)」

「麦茶が冷えてっぺ、休め」

 姉と母の掛ける言葉を聞きながら火の気の無い堀炬燵に足を入れると、貰って来たパンフレットを開いてみた。クルス館も鐘楼も舟越保武氏の設計で有り、あの十字架の道行きの絵も舟越氏の作とあった。階段は殉教者三百九人分の数とある。

 姉が言う。

「何も()ャ(無い)田舎だけど昨夜(ゆうべ)の野焼き祭り、行ってきた大籠の隠れキリシタン。皆、今の町長の町興ししゃ(だよ)」

「いや、この町にあった歴史をちゃんと掘り起こし後世に伝えた方が良いという判断だから、単に町興しのためと言えないよ」

「田舎さ(けや)って来ても何も無いより良いべ(でしょう)」

 母の言葉だ。

「うん。育ったころの思い出にはならないけど、誇れるものというか、何かそれが持てたような気がする」

「あの大籠のキリシタンが普及す(し)たのはこの(あだ)りが伊達藩になる前からだって。(おら)は分がん無ャ(分からない)けどそれで葛西何とかって一族の(はなす)もあんだ(ある)。今、歴史研究会みたいなものが出来で、それを調べている人達もいる」

「見てきた映像でも製鉄技術の誘致とからんでキリシタンの普及があったみたいだね。四百年も前のことだ。難しいかもしれないけど東北地方へのキリシタンの普及という観点からも更に研究されていいと思う」

姉に応えながら、所沢に戻ったら日本のキリスト教史に葛西一族についても調べてみようと思った。

 

雨の音が窓に響く。昨日までの好天と打って変わって朝から土砂降りだ。

「天気予報、昨夜(ゆうべ)見てなかったね。凄い雨だ」

「んだから、びっくりす(し)てんだ。(おら)も雨の音で起こされたもの。朝のお茶っこ淹れっからまずは座らえん。(座って)」

姉の言葉に従う。

「今日は帰(る)んだべ?」

「うん、明日一日家で休んで、明後日(あさって)から仕事に戻る」

「身体ば(を)無理して壊さ無ャように。田舎のことは心配無ャ」

「母ちゃんこそ、せっかくの秋の温泉に行かれなくなったら困る。体を大事にして兄ちゃんのこともよろしく頼む。二人とも元気で居てけろ(下さい)」

「んだば楽す(し)みだ。あと二月(ふたつき)だもんな」

 母との会話に姉が入った。

「天気予報は一日(いずにず)大雨だって。朝からこんな雨だど思わなかった。(おら)は大雨だの大雪だの降っ(る)と、年齢(とし)だがら山越えの運転は怖くて分がん無ャ(困る)」

「うん、分かった。バスにするよ」

「バスの時刻表はテレビの横、壁に貼ってあっぺ(ある)。見てけろ(下さい)。何時(なんず)のバスになる?。良いのあっぺが(あるだろうか)」

「時刻表だと一関駅行きで十一時五十分のバスがあるね。これだね。その後のバスだと午後四時近くになる。早めにお昼食べて行くよ。そうすれば、午後一時台か二時台の新幹線に乗って大宮に四時か五時頃に着く。そこから所沢、まあ夕方には家に着くよ」。

「一関行きは一日四本す(し)か無ャべ、土日だと二本だけだもんなァ。月曜日で良がった。んだば朝御飯も早くにすっか(するか)。準備できてっから」

 柱時計は午前六時半を回ったばかりだ。兄はまだ起きて来ない。

 

 座席に座ると、一関市内に住む次兄(あに)の妻子の家に挨拶に寄らなかったことを少し悔いた。手土産のお菓子と狭山茶を姉に託して生家を出てきた。雨が車窓を打つ。間もなく来た売り子にコーヒーを頼んだ。喉に苦みを感じながら生家に三泊もしたのは何年ぶりだろう。娘二人が小学生の頃だったなと思う。

 館山に登って町並みを眺めるのも良い。人にどんな故郷(ふるさと)と聞かれて、町営の病院がある、毎年十数基の窯に一斉に火柱が立ち一昼夜かけて縄文時代の土器を作る野焼き祭りが開催される、隠れキリシタン殉教の公園と資料館がある、と言える気がした。

くりこま高原駅に新幹線が停車した時、後二か月後にここに来るのだなと思う。母の楽しみに待つ顔が思いだされた。

 

 仙台駅を過ぎると職場のことが思い浮かんだ。佐藤己代治さんの食事代は生活保護で支給される生活費の中で賄われます。K市の福祉事務所と連絡を取って確認してあります。遠藤君の処遇は介護係長と相談して時間外勤務手当の支給で対応することにしました。介護職員の勤務予定を変更するのは難しくて彼女に振り替え休日を与えることが出来ません。お墓参りは介護保険の適用外で今後認められないと竹山君にも遠藤君にも忠告しました。強張(こわば)った顔をして報告した介護課長を思い出した。頭の中は、いつも実際の職場に戻るよりも先に休暇を取る前の仕事の続きに切り替わる。

 お墓参りの付き添いは介護保険の適用外だ。日常生活を送るうえでの必要な介護サービスとしても、また、自立を助けるための必要最低限の介護サービスとしても認められていない。介護課長の処理報告を聞きながら、それで学校を出たばかりで四月に入職した遠藤君のヤル気を阻害しないだろうかと思いが行く。

 介護保険が適用される、されないの境界線に掛かるものについて理解を深めるための研修の設定が必要だな。その反面、介護保険適用()のサービスを提供する事業者の育成もまた必要だろう。お墓参りのように要介護者が介護保険適用外のサービスを特別割引で利用出来る環境が整えばそれは要介護者の豊かな生活を支援することにつながる。そんなことを考えながら車窓に目をやった。