「母ちゃん、寒ぐねャが。智はその格好では恥ずかしいべ。着る物が何も()ャみだいで(おら)が恥ずがす(し)ぐなる。ちゃんとズボン着替えでけろ、待っているがら。ズボンは一杯有っぺ」

 兄が寝起きしている六畳間に行って箪笥からズボン選びを手伝う。トレパンからズボン姿に変えた。シャツはカジュアルの薄青色の長袖を選んだ。鱗雲を思い出して真夏なのにこれから夜は冷え込みそうに感じたからだ。ついでに自分も兄の長袖シャツを一枚借りた。母は姉の用意した袖無しのワンピース姿だったけど、自家用車(くるま)に乗るときに薄手のカーデガンを着せた。

 

 陽の落ちた野焼き祭りの会場近くの道路は、行きかう車を整理する笛の音が一段とピーピーと鳴り響いていた。誘導された駐車場に自家用車(くるま)を停めて会場に向かう。

 燃える炎が黒く映る人影の間から見えた。時折、道路を横断する人に拡声器で注意の言葉が投げ掛けられる。杖を突いて歩を進める母の足元を見ながら会場入り口に立つと、人だかりより一段高く見える舞台はパイプ櫓から投下された照明に浮き出ていた。舞台の上には既に和太鼓が据えられてある。

 近くに行かなくてもここからなら十分に見えるし音も聞こえる。

「ここで良いね」

 食事をとる場所として設定されているテーブルの前の一つの椅子に母を座らせた。

「あっ、母だけで大丈夫です」

 席を譲ろうとしてくれた隣に座っていた中年の二人連れの見物人に感謝の言葉を述べた。

 

 舞台は人だかりの頭越しに左斜め前に見える。

 地元の知的障害者の施設に入所している子供達と、その職員の構成だとアナウンスされて和太鼓が鳴り響きだした。

「良く頑張って覚えたね。教える方も大変だったべ」

耳を澄まして聞いていた母の途中で言った言葉に姉が答えた。

「自分の叩くパートを教えるって大変だけど、ちゃんとリズムをとっているところを見っ(る)と、紹介がなければ障害を持っている(ひと)(だず)だど分かん()ャね。(分から無いね)」

「何でも一生懸命だべ(でしょう)。そういうごど(こと)」

 母が自分から言い出して自分で結論を言った。私は演奏しているのが地元の施設の子であることも見物する人の拍手の多かったこともイベントの幕開けにふさわしいと思った。兄は保健所の仲介でかつては療養を兼ねて目の前で太鼓を叩く子等の施設に通い、園芸の手伝いをしたことがある。何を思っているのだろう、その打ち手達が退場するまで私の隣でじっと舞台を見据えていた。

 続いて隣町の二日(ふつか)(まち)祭り神太鼓になると一層太鼓の音が腹に響いた。太鼓の数が多いだけでなく力強さが加わって会場を盛り上げる。打ち手は普段は農作業等に従事している人達なのだろう。よく精進したものだと思う。

 会場内に目を移した。漆黒の闇の中で幾つも燃え上がる炎が幻想的だ。窯の炎はバタ材を投げ込む人の顔を一瞬赤く映し出し、火の粉を散らして煙を吐く。十メートルもある巨大な火柱となってメラメラと燃える縄文の炎は側を歩く人や立ち止まって写真を撮る人を黒いシルエットにして浮かび上がらせている。近くにも遠くにも聞こえる太鼓の音を聞きながらまるで幽玄の世界にいるようだ。暗闇に炎の祭典は神々しい。

 

 太鼓の勇壮な音を耳にし、普段見ることも無くなったお神楽を堪能した母は満足した顔だ。八時近かった。寒くないかと声を掛ける姉に、大丈夫だと笑顔で応え、反対にお前達は大丈夫かと気遣う。

「あらー、伯母ちゃん元気。息子、娘に囲まれで()がんべ(良いね。」

 私達を見つけた小母の声が不意だった。買ってきたらしい折り詰めと焼き鳥を手に持っていた。

「夕ご飯がこれだ。あんだ達は?、食べた?」

 姉が家で夕食を済ましてから来たと応えるのも構わず、小母は皆の分も買って来るから待っていろと言う。私達の応答に委細構わず、テーブルの間をすり抜け売店の並ぶテントに向かって人混みの中に消えた。手にしていた五穀米の折り詰めと焼き鳥の串の入った透明のパックを母の目の前に置いて行った。

姉が笑いながら言う。

「本当に買ってくるよ。どうすん(る)の?」

「仕方無かっペ。家さ貰って行くしか無ャ」

そう言う母が、ここで少しは手をつけなければ申し訳ないとも言う。待つ時間が十五分を過ぎた。

「こんなに混んでいるんだもの、売店の前はもっと凄い人だと思うよ、すぐには買って来れないでしょ。小母ちゃんまだ頑張っているのかな?」

 私が心配して言うと間もなくだった。

「買った、買った。売り子が(おら)()ってる主婦友達だがら少す(し)順番誤魔化す(し)て貰った」

人混みから出てきて目の前に来ると、周りの人にも聞こえる委細構わない小母の声だ。苦笑いするしか無い。

「焼き鳥ば貰うべ」

 母が真っ先に言った。パックから香ばしい香りが広があると、姉も兄も私もまだ温かい焼き鳥を立ったまま頰ばった。 

「折り詰めの方は家に持ち帰って明日の朝に食べるね、申し訳ないね」

 姉が言う。折り詰めは四パック、私達の人数分有る。

「ああ、良いよ、良いよ、そうす(し)て。(おら)はここで食べる」

 小母はそれで自分の行動にも満足したかのようで、テーブルを間に母と向き合う形で空いた椅子に座り直した。

「伯母ちゃん、良かったね。仁志さんも居で。工事代金いただきました」

 食事の途中に思い出したように頭を下げた。話好きの小母だ。その後も冊子の紹介にもあるイベントの内容に触れたりして話は食べながらに途切れなかった。

 小母は、小父も窯にバタ材を注ぎたし焼きを手伝っているのだと言う。自分の地区のテントに向かったのは食事も済んで三十分も後だった。地区が用意した弁当と豚汁を小父は食べているはずだと言い残して行った。

 舞台ではアナウンスで紹介された四人の兄弟が掛け声と共に津軽三味線の音を勢いよく鳴り響かせ始めた。

 

 九時を回った所で舞台の演目は終わり、俄にサンバの音が会場に鳴り響いた。縄文の炎と十六基の燃える窯との間に創作ダンスを踊る輪が出来た。舞台に寄せられていた見物人も、その目も一斉に縄文の炎が燃える会場中央に移る。テーブルに付いていた私達の目の前も人が移動し視界を遮られた。

 

 母の手を取り会場入り口近くから立ち見になった。杖を付く母には限界がある。この踊りの後に町民皆が参加して盆踊りの大きな輪になる。そう説明する姉の言葉を聞きながら前にも見た光景になるのだなと思う。

 サンバの音の中、母のもう良いべ(よ)という言葉を合図に家に帰る事にした。見ると私の腕時計は午後九時半に少し前を指している。母や兄がいつもは床に就いているという時刻だ。